観劇+αの日々
Kバレエ カルメン(2014/10/25) マチネ
ドン・ホセ:遅沢佑介
カルメン:浅川紫織
エスカミーリョ:杉野慧
ミカエラ:浅野真由香
モラレス:福田昂平
スニガ:スチュアート・キャシディ

 「カルメン」を見た。おもしろかった。ただそれだけです。

 すべてはホセが見た夢…思い出だったのかもしれません。死のうと思って銃を手にしたホセが、死ぬ前にただ一目会いたいと思ったカルメンに会うために部屋を飛び出してから見た夢。カルメンに出会ったときからの思い出。
 ホセは普通の人でした。若干まじめかもしれませんが、特別生真面目…という感じはしませんでした。もちろん一人だけカルメンが出てきたときの踊りには加わりませんでしたが、それでも普通の人でした。若干他の人と個性が違うけれど、誤差の範囲という雰囲気。
 物語の中で、ホセは何度か夢の中に行ってそしてなにかのきっかけで戻ってくるようなそんなタイミングがありました。例えばカルメンにバラを投げられたとき、例えばカルメンの縄をほどいたとき。そうやってどこか自分でない自分になって、それでも彼は元の自分に戻ってきた。でも最後はそれができなくなっていた。最後にカルメンを射殺したとき、ホセが「戻ってきた」ように見えました。正気に返って、カルメンの亡骸を抱き抱えていた。ある意味ホセにとって夢の中の存在かもしれないと思えるほどつかみ所のないもので、ようやく捕まえられたのは彼女が死んでからだった。銃を持ったホセが正気を失ってカルメンを追い求め、そしてカルメンを射殺して我に返った。そんな風に思ったから、物語の最初と最後で閉じた世界の話だと思えたのかもしれません。

 どうしても始まりと終わりがホセなのでホセから話を始めましたが、それでも「ホセの物語」にならないのがこの二人のおもしろさだと思います。カルメンが変わっていく物語であり、カルメンとホセがすれ違う物語だから、あくまで二人の物語でした。
 カルメンはどこか他人の心をコントロールことができると思っている節があったかもしれません。自分がどう笑えば、どう動けば相手がどういう反応を示すか分かっている。でもその変化に自分は加わらない。自分は変わらず、相手を変えて、ただそれだけ。彼女がそれをどこまで認識しているかわかりませんが、そうやって変わっていく人の流れを、彼女はただ眺めているだけに思えました。冒頭の工場から出てきたところもそうですが、酒場でのやりとりでも感じました。スニガをからかうように笑ったところもそうだったのですが、もっと顕著だったのはエスカミーリョとのやりとりの後のマヌエリータとのやりとりかもしれません。カルメンもエスカミーリョも、本気ではありませんでした。自分がどう動けば相手の心を動かすことができるか、まるで試しあっているようでした。そしてそれさえもカルメンは本気に見えませんでした。自分を思ってくれる、というより自分の心を動かそうと試してくる若い挑戦者を楽しく眺めているみたい。マヌエリータは本気だったけど、彼女のエスカミーリョへの思いもカルメンへの怒りも、なにもかもカルメンにとってはどうでもよかった。だから軽く笑い飛ばすことができる。このときのカルメンとマヌエリータの違いがとても鮮明でした(贅沢言うともうちょっと存在感ほしかったマヌエリータ)。いろんなことを分かっているけれど無邪気なところがあって、その部分に幼さを感じました。

 全体としては「すれ違い」の物語でした。ホセがカルメンを特別な存在だと認識するタイミングと、カルメンがホセを特別な存在だと認識するタイミングがずれてしまって、それでまるで転げ落ちるようにあの結末になったように思えました。ホセにとって引き返せなくなったのは酒場のシーンのラストでカルメンと一緒に行くことを決めた時のこと。カルメンの縄をほどいたとき、ホセはどこか夢心地だった。そのあとも再会の衝撃があり無理矢理お酒を飲まされたり、どこか正気を失っているように思えるところはあった。密輸組織のことを知って正気に返り、スニガに会って我に返り、そうやって夢の世界と現実を短い時間に何度も行き来して、それでもホセは正気を保った状態で、二人で逃げるのでなく、すべてを捨ててカルメンと一緒に密輸組織に身を投じることを決めた。もちろん上司とのごたごたがありますから実際問題竜騎兵に戻れないということも含め、ホセはこの時点で戻れなくなった…戻る場所を失ったのではないかと思います。
 カルメンにはホセと生きていくのにそんな覚悟はなかった。ほかの誰とも違うような気がするという若干の心の引っ掛かりはあったけれど、それだけだった。カルメンと一緒に行くとき、ホセは何もかも捨てているけど、カルメンはなにも捨ててない。ホセは二人で生きていく、お互いに何もかも捨てて生きていく可能性を示しているのに、カルメンは密輸組織の一員…広告塔として笑っているようにさえ見えました。野営地のシーンでカルメンはどこか変わっていました。それは多分ホセのことが引っ掛かっているからかなあとは思います。でも、カルメンはエスカミーリョと再会し、元に戻る。無邪気な子供のカルメンに戻る。自分の気を引くためだけに山奥までやってきた男の情熱を感じ、昔のカルメンに戻る。戻れなくなったのはミカエラがやってきてからだと感じました。カルメンはミカエラになりたかったのかと、一瞬思いました。多分ホセがミカエラに示した愛情がカルメンが欲していたものなのだと、そのときカルメンがようやく分かったように見えました。カルメンはミカエラにはなれない、だからホセがカルメンの求める人間になることはない。ようやくそれを理解したから、カルメンはホセのことを手放したように思いました。前回はカルメンの手から滑り落ちたように見えたホセの上着を、その時カルメンは自分からそれと理解して手放していました。嫌っているわけではない、でも分かり合えない世界に住んでいる。元に、出会う前に戻るためにホセから手を放そうとカルメンは思っていたように見えました。
 でも結局、カルメンは人の気持ちも自分の気持ちもわかっていなかった。ホセがもう戻れないことも、カルメン自身が戻れないことも、分かっていなかった。ホセがなにを捨ててカルメンと一緒に来たのか、それがどれだけの覚悟だったのか、カルメンには気づけなかった。
 ここまで書いてふと気づいたのですが、前回公演と今回で同じように思えるのが「覚悟の違い」。ホセはカルメンと生きていくためにすべてを捨てます。けれどカルメンはなにも捨ててない。密輸組織という「組織」に彼女は所属し続けている。そう考えたとき、カルメンが一番求めたものは自分のためになにもかも捨てられる愛情じゃなかったのかと思いました。それは「なにかを持っている」者にしか示せないし、それを捨てる覚悟がある者にしか示せない。ミカエラを助けに入ったホセって、そういう状態だった気がするんです。その後どうなるかなんて考えず、身を捨てて助ける。結局、ホセはそんな愛情をカルメンに示していなかった。密輸組織に加わるときもカルメンが何度も何度も説得してようやくでした。ミカエラの時は本当に後先考えず飛び出してきましたから、密輸組織の人間全員を敵に回してもいいというように。そんな愛情を目の前で示されてしまったから、カルメンはホセの手を放すしかなかった。でも、ホセ自身、ちゃんと覚悟を決めてカルメンについてきたわけですし、手を離されてそれで元に戻れるわけではなかった。
 多分ホセにとってミカエラが、カルメンにとってエスカミーリョが、元の世界に戻るカギだったと思います。カルメンと最初に出会って、でもそのあとミカエラと再会してホセは戻ることができた。でも、結局密輸組織から戻って、ホセはもとには戻れなかった。カルメンも同じように、エスカミーリョと再会しても元には戻れなかった。エスカミーリョと闘牛場の前で再会したとき、カルメンはまだ昔の自分に戻れると思っているように見えました。でも相変わらずの情熱的なその態度もキスも全然彼女の心を動かさない。その時点で見ている側としてはカルメンは昔の彼女に戻れなくなったのだと感じられましたが、まだ彼女自身はどこか宙ぶらりんといった感じでした。でも、元に戻りたくて、憂さを晴らすように闘牛場に入って行ったように見えました。

 この後の二人きりのシーンがとにかく好きですし、本当に物語はここに来るための伏線だと思えるほど熱かったのですが、うまく言葉にできないのがつらいです。多分、最後の最後まで二人の気持ちがすれ違っていたからだと思います。すれ違っていたから、ふたりそれぞれの気持ちを覚えていることができなくって記憶が混乱していますが、その動き一つ一つがちゃんと意味を持ち言葉となって届きました。
 そもそもこのシーンでホセは明らかに正気を失っていて、カルメンを求めているけれどだからどうしたいということが分かっていないように見えました。逆にカルメンは昔の自分に戻れるかもしれないと思っていたことに加えて、ホセと再会して自分の求める愛情をやはり得られるかもしれないと、一瞬期待したように思えました。このシーンでカルメンが一目散に逃げなかったのは、ホセに未練が残っていたからだと思います。自分がなにかをすれば、また相手の心を動かし望むようにできるかもしれない、そんな期待があったのかもしれません。だからホセの出方を探るようにそこにとどまっていた。一度闘牛場に逃げ込もうとしたようにも見えましたが、多分ホセと少し距離を置きたかっただけだと思います。でもそれがホセにとってはカルメンが逃げたように見えて、扉を閉めた。もともとすれ違いの物語でしたが、ここに来てそれが加速していく。どんな態度をとったとしてももう元には戻らない…カルメンが必死で逃げだしたのは、そのことに気付いたからだと思います。世界がモノクロに見えて、カルメンの赤いドレスだけが灰色の世界から浮かび上がっているようでした。
 最後の最後、二人はすれ違い続けていた。もう少し早くカルメンがホセの気持ちに、自分の気持ちに気づいていたらうまくいったかもしれない。不思議とそんな可能性を感じました。でも、すれ違い続けた二人の物語の結末はこれしかなかったのかもしれません。
 カルメンを殺したあと、ホセは我に返ったような気がしました。なにが起こったか、すべてを理解していた。ぼろぼろに擦り切れて、それでも目だけはちゃんと生きていた…と言ったらいいのかな、自分がなにをしたかなにが起こっているか、ちゃんと理解していた。これしかなかったのかと問いかけるように、慈しむようにその亡骸を抱き上げる。夢の中にいた女が腕の中で死んでいる、そういう物語でした。どこか行くあてがあるわけではない、でも足を進めることに不自然さは感じませんでした。
 ラストシーン、物語が静かに終わるかと思いきや、最後の最後に派手な音楽で終わります。印象としてはプティ版と同じなのですが、今回、この曲がとてもしっくりきました。カルメンが死んで終わりに見える物語、けれど結局ホセはすべてを理解したまま生きている…もうまともに生きることはできないだろうけど。そんなまだ続いていく物語を、笑うかのような音楽に思えました。ふつうの男ホセ、少女のような無邪気さを持ったカルメン、口当たりとしては前回公演より軽かったのですが、あとに残るものはそのときよりずっと暗いというか重いというか…まだまだあとに残っています。

 踊りについては最初、遅沢さんが一瞬ぶれたかと思ったけど持ち直して一安心。後半の安定感は私の好きな遅沢さんの踊りでした。浅川さんは最初から最後まで絶好調。華やかでありながら細やかな足裁きに見とれました。女性なのに足が強いなあと思えるところ、素早い動きもこなしてしまうところ、そういうところがKバレエのダンサーらしいですし、好きです。

 どうしても浅川さん遅沢さんの公演は二人が突出して世界を作ってしまうのでバランスが難しいのですが、「カルメン」はそのバランスも本当にいいと思います。
 ホセだけでなくモラレスまでやってしまってびっくりした福田さんは意外なことにちゃんと遅沢ホセにぴったりの「同僚」で驚きました。福田さんがいたから遅沢ホセが若くなったのか、遅沢ホセが若いから福田ホセは若いままの演技だったのか分かりませんが、2週間前より若く感じる遅沢ホセにぴったりのモラレスでした。ホセの方が若干先輩。そばにいると仕事上少し面倒だけど、ある程度気心しれてるからからかうことくらいはできる。そういう距離間でした。雰囲気としては伊坂さんと石橋さんの間と感じました。伊坂さんが陽で、石橋さんは陰で福田さんは陽。福田さんは伊坂さんよりコメディ要素は薄いですが、なんとなく周りの空気を和やかにする柔らかさを持っている気がします。酒場のシーンでののんべんだらり具合、野営地で見せるホセの同僚として彼を案じられる強さ。よかったです。
 浅野さんのミカエラは若干個性が薄いのですが、それがいい意味に感じられる存在感。戻るとほっとするふるさとの象徴、ホセを思って無茶のできる強さ、カルメンと全く違う本質。そういうものを持っているけれど決してホセにとってカルメン以上の衝撃にはなり得ない。カルメンに出会ってしまったら、ミカエラではホセを元に戻すことができない。そう思える存在感でした。とてもかわいらしいのに芯がしっかりした安定感のある踊りをするので驚きました。野営地のソロ、柔らかで美しく見えて、決してぶれないところがミカエラ自身そのものを表現しているようでした。
 杉野エスカミーリョも相変わらずド派手に登場してインパクトだけ残して、でもカルメンとホセの物語に足をつっこまない、絶妙の存在感でした。マヌエリータの本気の愛情も軽くかわしながら新しく見つけた「いい女」に自分をアピールすることができる。野営地でのたたずまいや退場も大変スマートでした。ただ、最後の闘牛場の前のシーンはあまりに気合が入りすぎて空回り寸前レベルでびっくりしました。まあ、上記の通りカルメンがかなり空っぽ状態なのでこのくらいエスカミーリョが気合入りまくりのほうが話としてはまとまる気がしますが。隣にいるカルメンを完全放置して闘牛場に行っちゃったエスカミーリョでした。

 1幕が終わった時点ではまとまってるけど好みとしては前回のほうが好きかもしれないと思いましたがとんでもなかったです。大変面白い公演でした。全体的にきれいにまとまっており、前回とは全く違う話ということにまず驚きますが、それ以上にずっとおもしろい公演でした。2回とも見ることができてとても幸せでした。

 以下、感想用に一応書いたけどうまくまとめられなかった部分です。せっかくなので残しておきます。

ゆず
2014/10/29(Wed) 23:14:49

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