観劇+αの日々
■Kバレエカルメン色々
とりとめなく思いついたことを。
いろいろ特徴的な演出ですが、大きいのがカルメンとホセが一夜を共にしたシーンがバッサリすっきりカットされていること。プティ版を上演したときに、このシーンの清水ホセがものすごく印象的で忘れられなかったので、ちょっと驚いた変更でした(清水さんってこんな表現もできるのかとぞくぞくした)。このあたりが哲也がロマンチストなところなのかなあと思いつつ。もちろん時間の経過は明言されていませんが、酒場から山中までのシーンに至るまでにある程度の時間は流れているでしょうから、その間になにがあったかはダンサーの解釈に、見る者の判断にお任せしますなのでしょうが。このあたりもちょっと気にしておけばよかったなあといまさら思うのです、明らかにペアによって表現が違ったと思うので。なんか思い出そうとしてもうまくまとまりません。浅川遅沢は多分間違いなくなのですが(というか、それを感じてほかのペアはどうだったか気になったと言った方が正しい)。
もう一点違うのがカルメンの殺し方が銃殺であること。その意味合いというのはまだつかみかねているのですが、ふたつの方向性があると思います。ひとつは殺した実感が少ない…と言うのかな、そばに引き寄せて殺すのではなく、ある程度の距離があったうえで殺すということ。もうひとつは「銃」というもの自体がカルメンがホセを引きこんだ密輸組織の象徴じゃなかなあということ。まだはっきりしないのですが、意味なく刺殺から銃殺に変えるとは思えないのです。
気になったことつながりですと、カルメンの衣装。最初は真っ白で最後は赤と黒。この意味合いってなんだろうと思うのです。山中の衣装は色合いが地味すぎて埋もれるのが難点でした(神戸さん浅川さん以外)。
福田、遅沢の両名が顕著だったのですが、「ダメ男」の代名詞ともいえる「ホセ」がダメ男に見えなかった。大変不思議なのですが、「ダメ男」と切り捨てられるような人間ではなかったと思うのです。また、カルメンも通常言われるような「悪女」ではない。神戸福田、浅川遅沢はいわゆる「カルメン」、つまりまじめな男を堕落させた移り気な女の話ではありません。ホセはちゃんと決心をしてカルメンと同じ道を歩むことを決めた。この決意があったからか、最終的にろくでもない結末になったのに「ダメ男」という言葉は感じませんでした。そしてカルメンは「心変り」をしていなかった。上記の通り一夜を共にしたシーンが描かれてないこともあって、どこまでカルメンがホセに思いを寄せ、それをホセに伝えたかがぼやかされている。本来、カルメンがホセを追い出すシーンってカルメンがホセに愛想をつかしているころだと思いますし、あらすじもそうなっているのですが、神戸浅川は明らかに時系列的にそこが一番ホセへの愛情を感じた。ホセはなんでそんなカルメンの愛情を分かってくれないのかと地団太を踏みたくなり、けれどそうやってすれ違っても仕方ないとも思う不器用さを、カルメンもホセも持っている。すれ違いが生んだ悲劇ももちろんありきたりな恋物語ですが、「カルメン」という物語でそれを感じるとは思いませんでした。
神戸福田と浅川遅沢は解釈の方向性が本来の「カルメン」と異なっているという点では同じですが、物語の膨らませ方が違った気がしました。神戸福田…とうか、神戸さんのカルメンが一番物語の背景を感じた気がします。ジプシーで女、多分社会の中では最下層に近いところに属している存在。生まれながらそれは決められたこと、ホセやミカエラがまっすぐに生きてこれたのと同じように。そんな世の中に嫌気がさしていたから、男たちを誘って気を引いて憂さ晴らしをした、法に背く組織に手を貸した、純粋に守られてきたミカエラの清らかさに嫉妬した…そんな気がしました。でも最後は、ホセの持つその真っ直ぐな世界を彼女自身が守ろうとしたのかなあと思います。時代や立場という背景を踏まえたうえでの「カルメン」でした。一方で、浅川遅沢はあくまで「カルメン」と「ホセ」の生きざまを掘り下げて行っていた気がします。もちろん時代や立場の違いを描いていないというわけではないのですが、どちらに重点を置いているかという意味で。「運命の出会い」ができる2人だと思うのですが、「出会って恋に落ちて」というタイミングが二人であまりにも違ったから、ボタンの掛け違いですれ違い続けた…そんな物語だと思いました。そんなボタンの掛け違いの原因に二人の生まれ育ちの違いを感じはしましたが、あくまで二人のすれ違いの物語だと思いました。こんな風にアプローチの違いが出るのがとても面白いと思います。
観劇初回、「遅沢エスカミーリョかっこいいー」と闘牛場前のシーンをオペラグラスで見つめておりましたが、そのまま流れるように白石カルメンとのキスシーンとなり、思わずオペラグラスを下ろしました。いえ、あまりにも麗しくって刺激が強すぎて…もったいないことをしたなあといまさら思っています。それが関係しているのかしていないのか、このキスシーン、見るたび印象が違います。白石遅沢は本当に美しかった。「絵になる」と一言でまとめてしまうのも語彙のなさを示すだけですが、本当に美しかった。お互いに相手を、自分を知っている。同じ世界、一瞬の情熱に命を燃やす世界に生きる者同士、つかの間恋人となる。どちらかが相手に飽きたり、もしくは死んだりしても恨まず未練を残さず次の恋を見つける。そんな割り切った者同士のキスで、思わず見惚れました。逆に佐々部遅沢はいい年した男が年若い小娘にちょっかい出してるようでびっくりしました。カルメンはどこか本気にしているし、エスカミーリョは明らかに一瞬の火遊びだし…。なんというか…大人が少女にちょっかい出しているというのはどうも好きになれません。カルメンの方がもてあそばれているというか、移り気な恋の象徴というか…ものすごく不思議なシーンでした。杉野浅川は見ていてつらかった。ただ一つのキス、カルメンにとってはいまさら騒ぐことでもないでしょうに、なんとも言い難い気分の悪さが残りました。カルメン自身そんなこと今まで考えたこともなかったけど、いやだったんじゃないかなあと思いました。割り切って昔みたいに一時の火遊びをしようと心を決めたはずなのに、それができなかった。そんなシーンに見えました(一時の気晴らしで以前のように、憎からず思っていて自分に好意を寄せている男と恋をしようとしても、キスさえいやだったという乙女心)。また杉野エスカミーリョが絶妙に若く、そういう女心の機微が分からない若さを持っていたのがよかったなあと思いました。そしてカルメンの心の機微に気付かないエスカミーリョだからこそ、「カルメンとホセの物語」を邪魔しなかったのかなと思います。だって、カルメンがどこか心変りしたことに気付いて彼女の事情に耳を貸す大人の余裕がある男性…だったら物語が変わってしまいますもの(笑)。(杉野神戸はちょっとここまでのインパクトはなかった、若干白石遅沢寄り)
とりあえず今のところ思いついたもの、ということで。
ゆず
2014/10/13(Mon) 22:54:04
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