ジゼル
2006/05/20
東京文化会館

ジゼルヴィヴィアナ・デュランテ
アルブレヒト熊川哲也
ヒラリオンスチュアート・キャシディ
6人の村人たちの踊り長田佳世
輪島拓也
神戸里奈
小林絹恵
ピョートル・コプカ
アレクサンダー・コーウィー
ジゼルの母親ベルトロザリン・エア
クールランド公爵ギャビン・フィッツパトリック
公爵の娘バチルド天野裕子
アルブレヒトの従者、ウィルフリードエロール・ピックフォード
ウィリの女王ミルタ松岡梨絵
モイナ長田佳世
ズルマ柴田有紀


 キャシディさんが6月にアルブレヒトをやる前にどーしてもヒラリオンを見ておきたい・・・ということで、行ってまいりました。 補助席もキャンセル券も完売の、大盛況となっていました。 ええ、キャンセル券の最後の一枚が私の手元に転がり込んできましたので、最後の一枚まで売り切れたことははっきり分かります(笑)。

 「ジゼル」の全幕を見るのはこれが初めてです。 以前、それこそ15年とか20年とか前にテレビでちらりと見た記憶があるのですが、「画面が暗くて良く分からなかった」というのが唯一の感想になっています(笑)。 今回はちゃんとK−バレエのDVDで予習し、ダンスマガジンそのほかの劇評を読んで作品の流れを知り、この一ヶ月CDで作品の音楽を聞き続け、というかなり力の入った状態で見に行きました。
 そんなわけで、とにかく毎日聞いていた音楽が生で聞けるのがまず嬉しい(笑)! ちょっと重低音と高音のバランスが悪いところもありましたが、全体的には前回の公演(コッペリア)より聞き応えがあって嬉しい。 この作品の曲は物語のあらすじに比べたら柔らかく、かわいらしい曲が多い気がします。 曲を聴いているだけでは度の部分だか分からないところも会ったので「このシーンはこうなるのか」というのが分かったのも、また楽しかった。
 コールドは・・・・うーん、ちょっと評価に困ります。 1幕半ばの村人たちの踊りは上げる足の高さどころか、上げるタイミングさえずれていて、絶句。 駄目だこりゃと思っていたら、後半、踊りのタイミングはもちろん、角度もきれいにそろっていて感動。 手の角度までぴったりと合っているところなんて、本当にそれだけでうっとり出来ました。 こっちの振りの方が簡単だとかそういうことは全くなかったのに、何でこんな違いがでたのかは謎です。 2幕のウィリも良いんだか悪いんだか。 美しさにはっとさせられることもあれば、動きの重さに思わず突っ込み入れることもあり・・・。 でも、全体に漂っていた寂しいような、物悲しいような、切ないような、意味もなく泣けてしまうような雰囲気は好きです。

 今回4階席から見ていたのですが、驚いたことのこの席からオペラグラスなしで舞台を見ても、意外なくらい登場人物の感情の流れや「伝えたいこと」が分かりました。 変にオペラグラスを使うより、そのまま見たほうが分かりやすかったかも。 表情なんて見えるはずがないのに、思わず脇に台詞を書き足したくなるくらいはっきりと気持ちが分かりました。 特筆したいのがデュランテ、キャシディさん、ロザリン・エア、エロール・ピックフォード。 ・・・・自分で並べておいて言うのもなんですが、私はやっぱりイギリスまで行ってロイヤルバレエの舞台を見なくてはならない気がします・・・(全員ロイヤル出身)。
 ところで、この作品の見せ場のひとつであろう1幕ラストのジゼルの狂乱シーン。 すいません、ついうっかりベルタ&ヒラリオンの芝居に見入ってました・・・。 愛した娘の気が狂ってしまったことに嘆くことしかできないベルタの苦しみと、ジゼルからロイスを引き離したいと思っていたけどここまで傷つけるつもりではなかったヒラリオンの悔悟。 この二つの感情がなんとも強烈で、目が離せませんでした。 だから、最後にジゼルがベルタの方に駆け寄ってきた時、悲しみとも喜びともいえない、不思議な気持ちがこみ上げてきました。 ベルタにとって一瞬で自分の手の届かない世界に行っていた娘が、もう戻ってこないと思っていた娘が自分の腕の中に戻ってくる。 でも、本当にそれが「最後」であることが物語の流れとかそういう意味でなくはっきり分かって・・・胸が詰まるようなシーンでした。 そして彼女はアルブレヒトのほうに駆け寄って、息絶える。 ジゼルの嘆きと、ベルタの苦しみ、半ば錯乱状態にありヒラリオンを殺そうとするアルブレヒト、それを制する従者、殺されることを望んでいるヒラリオン。 バレエのお芝居の良いところって、言葉で飾ることなく、動きで感情をそのまま表現することだと思います。 それをしみじみ感じさせてくれる、濃厚なお芝居でした。 村人たちの感情ももう少しはっきりするとなおいいなと思ったんですが、それはもうバレエに求める範囲を超えてるかしら(苦笑)

 物語り全体の話をするなら、ちょっと分かりづらかったかも。 お芝居のうまい人が多かったのでその場その場の話の流れは分かったのですが、全体として何がテーマなのか・・・というところまでは伝わってこなかったかも。 1幕ラストもすごく良くって泣けたけど・・・うーん、なんだろう、あと一味、何かが足りない。 ジゼルとアルブレヒトの二人という点で見ても、1幕のばかっぷるぶりは楽しかったけど、2幕はなんだろう、何か一つ物足りない。きれいだったんだけど・・・うーん、何か一つ物足りない。 というわけで、微妙に消化不良だったりします。

 デュランテのジゼル。 写真やDVDを見る限り、なんかちょっと怖かったのですよ・・・。 でも、実際に見てみるとこれが不思議なくらいかわいい。 ロイス(アルブレヒト)がドアをノックしたあとすぐわきに隠れてしまうシーン。 「あの人がドアをノックしてくれた、ああ、どこにいるのかしら」というときめきというか、喜びというか、その喜びゆえの戸惑いというか、そんなのが見え隠れして大変かわいかったです(これが4階席まで伝わってくるの)。 本人はもう若くないのに、花占いをやる姿がぴったりはまってて、かわいいんだから、本当にさすが。 これ、DVDより動きが押さえ気味で、なおさらかわいくなっていた気がします。 ロイスに語りかけるところが、また夢見る乙女っぽくてよかった。 踊りの安定感も抜群。 格の違いをとても軽やかに見せてくれました。 バランスを取る時全くぶれないし、余裕すら感じられる。 動きの一つ一つが華やかだし・・・これは春公演でオーロラを見なかったのは失敗だったかも。 2幕の包み込むような柔らかな踊りもよかったです。 ウィリ達に哀願する姿も良かった。 チケットを取った時は「どうなのかな・・・」と思ったのですが、さすがに魅力的な方でした。

 哲也のアルブレヒトは・・・うーん、悪くないような良くないような。 1幕ののー天気ぶりはよかったです。 やはり彼には明るい踊りが似合います。 デュランテのほうが年上なのに、ジゼルよりアルブレヒトのほうが年上に見えたのもちょっと不思議な感じでした。 2幕はジゼルと並んでるとなんか「カップル」というより「自分の主張の激しい二人」というような感じがして・・・。 さすがに息はぴったり合っているんですが、何かしら、この違和感。 眠りもそうだったし、くるみ(DVD)もそうだったし・・・彼の特性なのかしら。 ちょっともったいないと思うところがありました。 あと、2幕のソロで最後のジャンプが高くて切れ味もよくってそれはそれは素晴らしかったんですが・・・一瞬バジルに見えました。 うーん、困った・・・。 しかし、踊りの切れ味の鋭さはほんと、さすが。 ふと気がつくと人間としてそれはありなのかと突っ込みたくなるような回転や跳躍をしています。 なんだかんだ言っても目が離せない、不思議な人です。

 キャシディさんのヒラリオン。 まず言わせてください、痩せた!! 話には聞いていたんですが、本当に痩せてた。 首のラインがずいぶんすっきりしていました。 まだ部分部分気になるところもありますが、これで結構満ち足りてます。
 その他全体的にすごく良かった! 彼のヒラリオンはDVDで覚えるほど見たのですが、ずいぶんよくなっていました。 相変わらず芝居は的確、以前より抑えた動きをするようになった気がします。 それでも、しゃべっていないのが不思議なくらい感情が理解できるんだから、さすが。 驚いたのが踊りの面でもすごく良くなっていること。 軽くなってるし、回転する時の軸もずいぶん安定してるし、細くなってるし、それに若い! 撮影時期から4年以上、衰えていても仕方ない部分がしっかり上り坂になっていて驚きました。 芝居がうまい人だというのは前から感じていたのですが、今回は芝居と踊りのバランスがすごーく良くなっていたように思いました。
 K−バレエのヒラリオンは「いい奴」です。 ひげ面の強面ではありますが、母子家庭のベルタ・ジゼル母娘を守っているような、そんな雰囲気があります。 ベルタとも仲がいい感じですし、ジゼルに対しても保護者のような感じがします。 ジゼルに対する恋心・・・というのもあったとは思いますが、それ以上に「家庭」というものに対する憧れのようなものを感じました。 ベルタを母として、ジゼルを妻として二人の世界に自分も溶け込みたかったというか・・・。 アルブレヒトがジゼルと一緒にいる一時一時に幸福を感じているとしたら、ヒラリオンは自分が家に帰った時ジゼルにそこにいて欲しいと思っているような・・・そんな感じ。 彼女のことを必要としてるけど、「恋」とはまたちょっと違うような気がしました。 なんかそこに「家庭」に対する憧れのようなものが感じられて、「家庭」に恵まれない幼少期を過ごしたのかなと思いました。 とか思っていたら、プログラムに「森番という仕事は孤独」と書いてあってびっくり。 あってるじゃん。
 顔立ちや雰囲気は「森番」という言葉のイメージにぴたりと来るものがあるのですが、その割にはそこそこ頭もよさそうですし、所作が紳士的です。 そういうところもまた魅力的。 ただ、ジゼルのことになるとちょっと考えが足りなくなっているような感じで・・・。 思い入れが強すぎて、ロイスがそこにいると無理やりにでもジゼルを引き離そうとする、ロイスの身元が気になったら倫理観ふっ飛ばしてでもそれを暴こうとする。 決して褒められた性格ではないのですが、そういうときのヒラリオンのまなざしの強さと厳しさは本当に怖いのですが、それがまた妙に素敵でした。
 ジゼルの狂乱のシーン。 彼はジゼルからロイスを引き離したいとは思っていたし、彼はあくまで住む世界の違う人間だとジゼルに諭したかった。 けれど、ロイスに婚約者がいるなんて思っていなかったし、そういう形で彼女を傷つけるつもりもなかった。 その悔悟の苦しみが、とにかく痛々しかった(これが4階席まで伝わってくるのよ・・・)。 嘆き崩れるベルタを支える姿がまた印象的。 ベルタがヒラリオンを好意的に感じていたのと同じように、ヒラリオンもまた彼女を母として慕い、気にかけていたんでしょうね。 1幕最後、ヒラリオンはジゼルに背を向け、他の人々の輪から外れてアルブレヒトの剣の刃の部分をぐっと握り締めていました。 普通だったら「それやったら手が傷だらけになっちゃうでしょうが!」と突っ込みを入れる部分なんですが、本気でやっていそうなのが彼のヒラリオン。 手が血まみれになっても、ジゼルを失った痛みにまぎれて気にならない・・・そんな気迫がありました。 村人の輪から外れていたのも、ジゼルに背を向けていたのも、彼のどうしようもない「孤独」を感じさせて、よかった。 アルブレヒトのはっきりした嘆きと違ってぐっと抑えられた悲しみは、本当に彼らしくってとても印象的でした。 DVDの時の嘆き崩れる演技よりこちらの方がずっといいです。 このときは何でジゼルの亡骸に触れないのか疑問だったのですが、今回はそんなこととても出来ない、やろうとすら思えなかったのだと感じられました。
 2幕。他の演出のヒラリオンがどうしているかは知りませんが、こちらではジゼルの墓の前に泊まりこみです。 冗談抜きで、秋の終わりにはジゼルのお墓の前に泊まりこんだまま冷たくなっていそうなヒラリオンです。 すでにずいぶん寒いみたいですし(彼は「温度」を伝えられる役者さんのひとりだなと、どーでもいいところで感動(笑))。 このシーンも好きなのですが、私の座っていた席からだと見切れてしまってうまく見えなかったのが残念でした。
 ウィリに踊り狂わされているシーン、ここは音楽もドラマティックで大好きなんです。 DVDでも繰り返し繰り返し見ましたが、それよりもずっと音楽が早い気がしました。 追い立てられるような迫力があって、これはこれで面白い。 踊りがシャープだったことも良かったし、前髪がなんかふわふわ乱れているところも見た目的にもよろしかった(笑)。 一部やっぱり着地が重いところもありましたが、全体的にやっぱりこの人の跳躍はうまいなと思えるものでした。 苦しげな表情も、追い詰められているからこそ人として本能で逃れたいと思う切迫感も良かった。 これは演出が見事だったんですが、一列に並んだウィリたちは本当に白い壁で、客席にいる私もどうあがいても逃れることはできないのだと感じられるような圧迫感がありました。 闇に浮かぶ純白は、なんだか息がつまるものがありました。
 というわけで、登場シーンは短いながら十分堪能できました。 やはり、この人のお芝居は絶品です。

 予想外の収穫だったのが、ロザリン・エアさんのベルタ。 DVDのサンドラ・コンリーさんが絶品だったので、彼女でなかったのが初めは残念でした。 他の方の感想を読んでいると「肝っ玉母さん」という感じらしくって、なんかイメージ違う・・・と思っていました。 でも、実際に見てみたらこれがすごくよかった! 確かにバレリーナというよりオペラ歌手のようなどっしりした体型なのですが、これが人間離れした細い体型の人の中にあると程よいリアリティとアクセントを加える形となっていました。 「母性」というものをすごく感じさせる人で、ジゼルを包み込むように守っていたことも、ヒラリオンを始め村人たちが彼女を慕っていたことも感じられました。 そこにいるだけで物語に広がりを持たせてくれるような人でした。 マイムについても、さすがに的確でした。 ウィリについての説明も分かりやすいし面白いので、長々続く説明台詞なのにすっかり見入ってしまいました。 ジゼルが狂ってしまった時の嘆き方も本当に痛々しくって・・・。 その姿を見ているだけで彼女がジゼルをどれだけ愛し守ってきたか、そしてジゼルという娘は傷つきやすい純真な心を持っていたのだということを感じされるものがありました。 「ああ、この子はもうだめだ、お仕舞いだ」という苦しみがあるからこそ、暴れまわっているジゼルに対して何も出来ないのがわかりました。 1幕の芝居としての完成度を高めてくれた立役者だと思います。

 バチルドは・・・思ったよりよかったんですが・・・・DVDのあの「寄るな触るな私は偉い」という美しさと気品が好きだったので、ちょっといまいち。 フィッツパトリックさんとは普段夫婦役が多いせいか、「公爵とその娘」のはずが「公爵と娘ほどに年が離れた公爵夫人」に見えてしまいました・・・。 親子ほど年が離れているのは確かだったのですが、何故それがそのまま「親子」では無く「夫妻」に見えたのかは自分でも謎です。 芝居がうまくなくてもいいから、もう少し若い人で見てみたかったかも・・・。

 近頃注目の若手、松岡さん。 クールビューティーの彼女にはミルタが似合うはずと思っていたので、見ることができて本当によかった! 案の定、青白い光の似合う美しさを持っていました。 表情は厳しくし恐ろしく見えるのですが、その厳しさが深い悲しみからきているように感じられるミルタでした。 生きている時よほど辛いことがあったのねと、声をかけたくなるような雰囲気がありました。 踊りは相変わらず軽やかで人間離れした美しさでした。 ただ、このシンプルなセットの中で一人舞台の中心にいるにはちょっと何か一味物足りなかったかも。 役によって色合いががらりと変わる踊りも、品のあるしぐさもとても気に入っているので、これからどんどん舞台の中心にいるのに慣れていって、力をつけていって欲しいです。 改めて、先が楽しみな方だと思いました。

 村人たちの踊り、ちゃんと日本人娘3人は顔の見分けが出来ました。 ちょっと嬉しい(笑)。 長田さんは相変わらずかわいらしく、神戸さんは意外に大人びて美しく、小林さんのくっきりした顔立ちと踊りはやっぱりかっこよくて魅力的でした。 長田さんはモイナもやっていましたが、それよりも村人の踊りの方が素敵でした。 見せ場も多くって、満足。 安定した、本当に柔らかな踊りをする方です。 見ているとそれだけで幸せになるような華やかさがあるので、また別の役で見てみたいとしみじみ思いました。 どうでもいいんですが、マチネでアルブレヒトをやった輪島さんがいてびっくり。 いやー、お疲れ様です。 記憶にあるよりずっと端正な踊りをしていました。

 「ジゼル」という作品はしっかりとした筋立てはあるのですが、物語に直接関係ない踊りも多いと感じました。 私はバレエのそういうところが好きではなかったはずなのですが、自分でも意外なことに、ストーリーの部分も踊りだけの部分もしっかり楽しんでいました。 踊りの部分が、その世界観を確立するために存在しているように感じられたからでしょうか。 物語の流れが止まったと感じることなく楽しむことが出来ました。 なんか色々文句をつけているように見えるかもしれませんが、踊りも芝居もしっかり楽しんできました。 「ここを伸ばせばもっと良くなるのに!」というところを感じるところもあったので、2ヶ月に渡るツアーの最中にどんどん磨かれてくるといいなと思っています。 行ったかいがあったと思える公演でした。



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