ジゼル
2006/06/17
オーチャードホール

ジゼル松岡梨絵
アルブレヒトスチュアート・キャシディ
ヒラリオンピョートル・コプカ
6人の村人たちの踊り長田佳世
宮尾俊太郎
前田真由子
小林絹恵
小林由明
安西健塁
ジゼルの母親ベルトサンドラ・コンリー
クールランド公爵ギャビン・フィッツパトリック
公爵の娘バチルド天野裕子
アルブレヒトの従者、ウィルフリードエロール・ピックフォード
ウィリの女王ミルタ浅川紫織
モイナ沖山朋子
ズルマ鶴谷美穂


 いつもは脇を手堅く固めてくれる役者さんという感じのキャシディさんと、このところぐんぐんと頭角を現してきて、今回主役デビューを果たす松岡さん。この二人のアルブレヒトとジゼルということで、この公演はとても楽しみにしていました。
 劇場に着いてまずするべきことは、オーチャードの使いにくさに対するグチ(笑)。 もう、一体どこに座ったら見やすいのよ!と、切れそうになるくらい使いにくいですね、この劇場。 段差がほとんどないし座席が千鳥にもなっていないんで、どこに座っても前の人が邪魔になりそうです。 でも、今回は幸いなことにとてもいい席で見ることができました。 数列前には名倉さんやら哲也やらデュランテが座っていたくらい、いい席でした(ちなみに、ソワレの主役お二人は客電が落ちて暗くなりきる前にご入場、まあ、当然ですね)。 次この劇場に行く時も、ここの席がいいな♪

 幕が開いたとき、まず感動したのが舞台美術の美しさ。 一ヶ月前にも見ていたのですが、そのときはサイドからだったので、今日ほどの驚きはありませんでした。 これは確かに、あちこちのブログで、見た人が真っ先に褒めていたのも無理はないかも。 ヨーロッパのどこかの国、季節は秋口。 そんなことを豊かな色合いで表現してあって、その絵画のような世界にまず引き込まれました。 そんな中、出てきたキャシディさんのアルブレヒト・・・かっこいい! なんでしょう、この「お貴族様」オーラの発し方は! やたら高貴な色の上着、絶対高貴な人しかかぶれない帽子、共々絵のように似合っていて、ため息しかこぼれませんでした。 あまりのかっこよさに「まだまだロミオだっていけるよ!」と思いました。 (オペラグラス装着)い、いや、やっぱりちょっとアップで見ると苦しいかも・・・。 あと、やっぱり彼の衣装は襟首までしっかり、きれいに隠れるようにして欲しいんですが、ええ。 第一ボタンまで、しっかり止めて! (あと、白いタイツはくならあと5キロ痩せてくれ←まだ言ってます)
 という話はさておき。 この人はちゃんと引き算のできる役者さんだと、誰かが言っていました。 「自分はここまで出来るのだから、ここまでやってしまおう」ではなくって、「この役に必要なものはこれだから、そこまでにしよう」って言う役者さん。 褒めてないように聞こえるかもしれないけど、「主役を食わない」という意味で、こういう役者さんってとても貴重だと思うのです。 そうすると、舞台のバランスがすごく良くなるから。 でも、今回は引き算を全くしていない、する必要のない役でした。 この人ってこれだけ存在感があったのかと、しみじみと感動。 舞台の中心にいることに慣れてる、さすがです。
 松岡さんのジゼルは、もう、本当にかわいかった! 初々しいというか、いじらしいというか、なんと言ったらいいんでしょうか、あのかわいらしさは! 役自体はちゃんと板についていて、「本等に初役?」という感じなのですが、とにかく初々しい。 アルブレヒトと踊ってるシーンなんて、本当に初々しくってかわいらしくって・・・。 アルブレヒトに寄り添うジゼルの姿はすごく絵になっていて様になっているし、ちゃんと馴染んでいる。 ジゼル自身、恥らう素振りとか見せてるわけではないんですが、何というか、こう、こそばゆいというか、甘酸っぱいというか・・・なんかこう、背筋がむずむずするような気恥ずかしさがあります。 馴染んでいるのに、なぜか初々しさがあって、見ていてかなりときめきました。 いや、もう、本当にかわいいかったです。
 演技とか、存在感についてはやっぱりまだまだ足りないかなという感じがしました。 やっぱり気持ちが届かないし、はっきりしない。 やっぱりデュランテと比べると分が悪いというか、比べる方が悪いと言うか・・・。 悪くはないんですが、やはりまだ動きが小さいと感じました。 花占いとか、アルブレヒトが隣に座るシーンとか、なんでもないシーンで伝わってきた感情が、確かにそこにあるのは見えたのに、デュランテのときのように驚くくらいはっきりと伝わってくる・・・ということはありませんでした。 でも松岡さんには彼女なりのいいところがありまして・・・ちゃんと「村人の一人」に見えたのは良かった。 ある村の中に体が弱いかわいらしい女の子がいました、あるとき村を訪ねてきた素性の知れない男と彼女は恋におちました・・・って言う筋書きにはぴったりだと思います。 村の人たちと一緒に踊ったあと、母親に見つからないようにそっと人の陰に隠れるあたりなんて、ほんといいい意味で一体化していたと思います。 体が弱いから皆と同じことは出来ないけど、とても朗らかな性格をしてるから皆に愛されてる、皆に守られてる・・・そう感じられるジゼルでした。
 逆に、アルブレヒトはいい意味で浮き上がっていました。 踊っている彼を見て何か変だと思ったのですが、背景が「どこかの森」なのが変。 彼に相応しいのは金銀で彩られ、ろうそくの光に照らされた華やかなお城の中。 ちゃんと素朴な服を着ているのに、明るい日差しの中で踊る彼の姿には違和感がありました。 貴族としての暮らしが嫌で、口うるさい従者や自分を縛るもの全てが嫌でこの村に逃げ込んで「ああ、こういう暮らしっていいな」と思っている感じ。 平民の服を着ているけど、貴族の気配が消えていない、村人と一緒に踊っているけど、彼は楽しむばかりでそこで生活はしていない。 なんともいえない、違和感のある存在でした。 領民とも打ち溶け合っている領主様、という感じでしょうか。 例えば、農作業を手伝ったりすることはあっても、決して自身の生活のために汗水を流すことはない、そういう雰囲気がありました。 どうでもいいんですが、一箇所、踊りのテンポが速くなったところで音に追われまくった挙句音から遅れたのも彼一人(がっくり)。
 アルブレヒトは、その村の中ではありえるはずもないくらい紳士的でした。 さすが、女性の扱いに慣れている。 これはいろんな女性と付き合ってきたとかそういうんじゃなくって、普通の紳士として女性をエスコートし慣れているといった感じ。 自分をお姫様のように扱ってくれるちょっと年上の紳士に恋をして、そのときめきが幸せで仕方ないジゼルと、彼女を本当に大切に扱い、優しく見守るアルブレヒト・・・という感じでした。 ジゼルが自分の手にキスしてはアルブレヒトの手を取るというなかなかかわいらしいシーン、彼女の手を取ろうとするアルブレヒトの右手の動きが、妙に勢いがあるというか、かっこつけている感じがして、気に入っています。 村人たちが踊っているところ、下手と上手に分かれて座っているのにジゼルは隣にいる母親の目を盗んではアルブレヒトにサインを送っていました。 アルブレヒトは本当に優しいまなざしで彼女を見詰め続けていました。
 ヒラリオンのコプカさん、キャラクター的にはあっていたと思うのですが、案の定バランスが悪かった・・・。 アルブレヒトに力負けしそうなヒラリオンって・・・ヒラリオンよりがたいのいいアルブレヒトって・・・・。
 コールドは全体的に良くなっていました。 難しい振りでも、音に追われている人がいなくなっていたし。 長田さんは、相変わらず安定した暖かい踊りをされるので、見ていて本当に安心します。 本当に、かわいらしい。 パートナーの宮尾さんはこれは明らかに将来有望株でしょう! 長い手足に、高いジャンプ、顔もなかなか良いです。 また見たいと思える方でした。
 バチルドと公爵は夫婦度さらにアップ・・・ちょっと勘弁してください。 しかし、バチルドとジゼルの会話がすごく分かりやすいと感じました。 ジゼルが本当にただのかわいいお嬢さんなので、バチルドが彼女を小鳥を愛でるようにかわいがっているのがなんとも興味深かったです。 いろんな意味で純真な彼女をからかうようにかわいがっている気がしました。 バチルドの存在は、ジゼルにとっては手が届かないほど遠い・・・二人のやり取りの端々でそのことを感じることが出来ました。 ジゼルがバチルドに左手の薬指を差してみるシーン、さりげなくベルタが目を離しているときにやっているんですね。 納得です。
 狂乱のシーンはですね、これは松岡さんには合わないなとちょっと思ってしまいました。 デュランテにはぴったりで迫力もあったのですが、松岡さんについては演技力の不足というより、彼女のジゼルが狂ったらこうはならないんじゃないかと思えました。 迫力不足を寂しく思いつつ、アルブレヒトとヒラリオンを見たのですが、この二人ってきれいに対になってるんですね。 必死にジゼルをこちらに連れ戻そうとしているのがヒラリオン、「もうだめだ、終わった」と嘆いたり、「私は一体どうしたらいいんだ?」とでも訴えるように従者を見ているのがアルブレヒト。 ジゼルのことを思っているヒラリオンと、結局は自分のことを考えているアルブレヒト。 この対比がなんとも面白かったです。 最後、アルブレヒトの腕に抱きとめられたジゼルはそのまま命を落とす。 このシーン、リフトされた瞬間まで彼女は生きていたのですが、体が下ろされる時、降りていったのは体だけで、魂はずっと高いところに上っていったように見えました。 そのあとのシーン、アルブレヒトとしてやっていることは同じなのですが、哲也とキャシディさんで感じたことが全く違ったのが印象的でした。 破れかぶれになったアルブレヒトがヒラリオンを殺そうとしたシーン。 哲也の場合は本当に何も考えられなくってやってしまった・・・という感じなのですが、キャシディさんの場合、混乱していてもそれでもまだ考えられるだけの冷静さは残っていたような感じがするので、多少は計算した上でやってそうなところが怖かったです(苦笑)。 哲也の場合は何をしようとしているか理解していないように見えたのですが、キャシディさんの場合、明らかにヒラリオンを殺そうとしているように見えました。 ラストシーン、一度は従者に連れて行かれたアルブレヒトが従者を突き飛ばしてジゼルの元に駆け寄るというシーン、これは明らかにもう何も考えられないと行った風情の哲也の方がよかった。 キャシディさんはまだ何か考えられそうだから、どうも押しが弱いのよね、これは哲也のための演出ねえと、しみじみ思ってしまったのでした。
 ところで、この場面の嘆くアルブレヒトを見てなんともいえない違和感がありました。 「恋人の死を嘆く」という感じがしなかったんです。 どちらかといえば「自分が大切にしていたきれいで美しいものを壊された」ことを嘆いている感じ。 そう思って振り返って見ると、彼はジゼルを大切にしていた(というよりかわいがっていた?)けど、彼女を紳士的に扱い、優しく振舞っていたけど、そこはかとない自分勝手さがあったような気がします。 この作品、感想を読んでいると「二股をかけていたアルブレヒト」というのがあちこちにありますが、少なくともそれは違うでしょう。 身分の違いで命の重みに違いがあることと考えることが間違っていないと思われていた時代の話。 アルブレヒトにとってジゼルは現実逃避のときに見つけた愛しい女性で、バチルドは親が決めた婚約者。 ジゼルは自由の象徴、バチルドは束縛の象徴。 アルブレヒトがジゼルを愛していたかというとそれは微妙だと思います。 かわいがっていたし、好きだったとは思いますが、それ以上には思えませんでした。 バチルドについては「愛してる」「愛していない」以前に、親の決めた婚約者だから全く興味がないという感じがしました。 彼女の手を取った時に浮かんだ表情は彼女自身に対するものでなく、彼女の属する世界に対する思いに見えました。 「この世界には帰りたくない、でも、ばれてしまったのだから仕方ない」そんな、どこか身勝手な思いが浮かんでいたように思います。 だから、上記のシーンのアルブレヒトの反応は一瞬違和感があったのですがすぐに納得が行きました。

 2幕は何というか・・・キャシディさんは「一幕はなんだったの!?」というくらい良かったです。 芝居に深みがあるのはもちろんなんですが、踊りもちゃんときれが戻ってましたし、相変わらず正確だということが分かって安心しました。 とはいえ、全体としては「ジゼルって作品の2幕はもっといろんなことを伝えてくれるでしょ!?」という感じ。 きれいでうっとりは出来たけど、それだけというか・・・・。 でも、最後の1分でひっくり返されたから気にしない。
 2幕も、幕が開いた瞬間にその美しさに驚きました。 薄暗い湖畔の森、そして木々の隙間から零れ落ちてくる月光のほのかな美しさ! 1幕は全体的な色合いに感動しましたが、2幕は照明の美しさに感動しました。 本当に幻想的な美しさで・・・そのまま時間よ止まれと思ってしまうほどでした。
 コプカさんのヒラリオンは、キャシディさんのヒラリオンから計算高さを引いた感じ。 さらに熱い、粗暴な感じのヒラリオンでした。 その分、ジゼルのお墓の前で嘆く姿が胸を打つものがありました。 ようやく彼女を愛していた自分を認めたという感じでしょうか。 もしウィリたちに殺されることがなかったら、この先本当にいい男に生まれ変わっただろうと感じられるヒラリオンでした。 踊りもきれと迫力があってよかったです・・・ていうか、一部キャシディさんと踊りが違わなかった(コプカさんのほうが難しいという意味で)? 1幕はそんなに惹かれなかったですけど、2幕は良かったです。 迫力不足の部分はありましたが、結構はまってる感じがするのでこれからは是非演技の面を磨いていって欲しいです。
 ウィリ達も、一月前よりうまくなっていました。 全国ツアーでお疲れが出てくる可能性もあるかなと思っていたのですが、逆にちゃんとまとまりが出来ていました。 そろっていなくって不安だったところも、ずいぶんときれいになっていましたし。 皆様、素晴らしいです。 ドゥ・ウィリはちょっと印象が薄かったかも。 ミルタは安定した踊りでなかなかよかったです。 どこか人間的でどこか無機質という不思議な感じはしましたが、なんだか惹きつけられるものがありました。 浅川さん、なんか「この人いいな」と思うと彼女であったりするんですよね。 そのうち経歴がプログラムに載るところまで上って来て欲しいです。
 ええと、2幕についてはもともと私がこの作品の2幕をよく覚えていない上に、印象が薄いところが複数箇所あったのでちょっと混乱中。 「すごくきれいだけど、今一歩何かが足りないの!」と思ったことは複数回。 何かが噛み合ってなかったのか、何かが足りなかったのか。 雰囲気は嫌いではないんでまた見てみたいんですが・・・松岡さんはいいとして、再演があるころにはキャシディさんの年齢の十の位がさらに一つ上に行ってそう・・・。
 ウィリたちの仲間に入った時のジゼルは好き。 こちらでも彼女の持つ初々しさが生きていた気がします。 正に今日、この場に加わったという感じがしました。
 従者と一緒にジゼルのお墓参りにやってきたアルブレヒト。 すごい細かい点なのですが、従者に指図する様が本当に慣れていて、さすがお貴族様だと思いました(笑)。 話は戻りますが、1幕で角笛の音が聞こえたあと、従者を呼び寄せてマントをまとって退場するシーンも従者に対する態度、高貴な色合いの似合う姿、全てが身分の高い人だと示していました。 あ、そうそう、マントを取った時の彼の姿を見て、案の定突っ込みを入れさせていただきました、「だからキャシディさんの衣装は襟首まできっちり隠れるようにして!」。 しかし、自分でも意外なのですが、2幕の後半には全く気にならなくなっていました。 自分でもこれは不思議です。
 ジゼルが出てきたあたりから、なんとなくアルブレヒトは現世から彼女の住む世界に引き込まれたように感じられました。 彼女を求め、彼女を抱きとめようとするアルブレヒトはそれでもまだ彼女の幻影を追っているような感じがしました。 うーん、その幻影を追っているうちに彼女の住む世界にたどり着いてしまったと言ったほうが正しいかも。 どこか幻影を見ているような自覚のあるアルブレヒトの物悲しげな雰囲気が好き。 分かっているけど、求めてやまないといったところでしょうか。 このシーン、もう少しジゼルが何を思っているか分かると嬉しかったかも・・・・。 またどうでもいい話なんですが、1幕では一人別のスポットライトがあたっているのではないかと思っていたキャシディさんのアルブレヒト。 2幕でも百合の花束抱えて一人思い悩んでるシーンなんて本当に舞台の中心に慣れてる存在感のある人だなと思ったのですが、ジゼルと踊っているとやっぱり彼女を立てる側にまわっていることが何度かありました。 シーン的にはもっと先になりますが、ジゼルのリフトが続くシーンなんて完全に陰に回っていました。 このバランスが好きなんです。
 アルブレヒトを庇うジゼル。 か弱く初々しく、小さく、それでもアルブレヒトを庇う姿は美しかったです。 ああ、でもいかんせん存在感が! 何か色々足りなくって、思わずオペラグラスを使用してしまいました・・・(今回の公演、相変わらず皆さん演技が巧みなんでほとんど使っていません)。
 ミルタに哀願に向かうシーンのアルブレヒト、跳躍に安定感があり、ちゃんと息切れしてなかったので安心。 練習が2幕に偏ってたんじゃないかと思うくらい、1幕と比べて安定感がありました。 アルブレヒトのソロのあたりなんかは明らかに哲也のための振りなんで、彼との比較はしません(苦笑)。 踊りの方向性としては好きでしたけどね。 二人とも自己主張が強すぎないので、いい感じにお互いが引き立っていた気がします。 生と死の間の世界をさまよいつつも、どこかジゼルと踊れることに喜びを感じていたようなアルブレヒトが印象的。 アルブレヒトの姿が闇に溶け込んだように見えて、本当に体重を失って宙を飛んでいるように見えたジゼルも美しかった。
 アルブレヒトが力尽き、そして夜明けが訪れる。 このとき、不思議とミルタに、ウィリたちにどこか安堵したような雰囲気がありました、気のせいかしら? 波が引くように、白い影は去っていく。 このウィリたちの白い背中はなんとも美しかったです。
 ええと、ここまでは「キャシディさん、アルブレヒトも悪くないけどやっぱりコッペリウスさんの方がいいわ」などと本人が聞いたら泣きそうなことを思っておりました(笑)。 踊らされ疲れ、崩れ落ちているアルブレヒトに、ジゼルは本当に愛しそうに、別れ難そうに頬を寄せます。 このときの表情が嘆き悲しんでいるという感じでは無く、もう別れを心に決めた上でそうしているようなところがありました。 愛して、愛してやまなくて離れたくはないけれど、彼女は彼に命を与えた、そう見えました。 とても悲しそうでけれど、どこか優しく、そして本当にわずかに、彼女は微笑んでいるように思えました。 ほとんど意識はないけれど彼女の存在を感じ、彼女を求めるように手を動かすアルブレヒトと、彼の手に自分の手を重ねるジゼル、二人の手の大きさが本当に親子ほど違ったのが、ささやかな点ですが印象的でした。 追いすがるアルブレヒトからジゼルは静かに、どこか彼を諭すようにしながら去って行きます。 ジゼルの前に跪き、彼女のスカートを抱き寄せ顔を寄せるシーンが好き。 悲しげな表情を浮かべつつも心に決めたことを行うジゼルが、なんともたおやかで美しかった。 そして力尽きたように倒れたアルブレヒトのそばに彼女は髪飾りの花(なのかな?何度見てもこれがなんなのか分からない)をそっと置きます。 これが、この一瞬のシーンがとにかく好き。 「どうか私を忘れないで」、そう言っているようでした。 その言葉はある意味アルブレヒトを束縛するものであったかもしれません。 でもそんな強さは感じず、ただ愛する人に忘れて欲しくない、そんないじらしいというかひたむきな思いしか感じられませんでした。 「私を忘れないで」、その言葉は、また同じように「私はあなたを忘れません」そう言っているようにも思えました。 1幕のただアルブレヒトが好きで好きで仕方なかっただけの少女がそこで表したのはそっと優しく包み込むような、なんとも優しくも儚い愛情でした。 それは特別深いものでも、特別強いものでもなかったと思います。 ただその一途さが、ひたむきさが、どうしようもないくらい美しかった。 薄いヴェールでふわりと包まれるような、そんな愛情でした。
 目覚めたアルブレヒトは、今自分が体験したことが夢などでは無く、現実であったと、ジゼルは確かにそこにいたのだと確信する。 右手に彼がこの墓場に来た時まとっていたマントを、左手にジゼルの残したものを持って舞台中央へ歩いていく。 彼の手の中にあるのは貴族の象徴とジゼルの象徴。 やがてアルブレヒトはマントの方からそっと手を離す。 投げ捨てるなんていう劇的なことはせず、ただそっと手を離す。 彼の手の中にはジゼルだけが残る。 闇夜だった森を朝の光が照らしてゆく。 何もない状態で差し出されたアルブレヒトの手と、もう片方の手に残るジゼルの形見、そんな彼を静かに照らす陽光。 あまりの美しさに、今まで色々感じていた不満が全部吹き飛びました。 とにかく、素晴らしいラストシーンでした。
 このラストは、アルブレヒトがようやく自分の属していた世界でなく、ジゼルを選んだように見えました。 結局最後は自分のことばかり考えていたアルブレヒトだったのに、このシーンはそれを全く感じることがありませんでした。 残ったのは永遠に届かないジゼルへの透明な愛情だけ。 この先アルブレヒトは彼女から受け止めた愛と、彼が彼女へ抱いた愛を抱いて生きていくのだろうと感じられました。 生きていく・・・というとまた違う感じなのですが・・・「生きていく」というより、もっと後ろ向きな感じがしました。 ただ、悪い後味は残りませんでした。 永遠の別れによってようやく生まれた二人の静かな愛だけがそこに残る、なんとも美しいラストシーンでした。

 とにかく、ラストの1,2分で全部ひっくり返された感じです。 特に2幕に感じていた不満あれやこれやは一瞬で吹き飛びました。 静かで、清涼で、美しくって・・・その美しさだけが心に残りました。 泣けて泣けて仕方なかった・・・ということはありませんでしたが、しばらくこの世界の余韻に酔いしれたい、そう思えるラストシーンでした。

 「これってバレエ?」と思うようなバランスの作品ではありましたが、とても楽しかったです。 各キャラクターの造詣は好みだったので、いまいちこちらに届かないと思えるところはありながらも楽しめました。 主役はジゼルというより、アルブレヒトだったのは、まあ、色々仕方ないでしょうね。 哲也の再演出ですし、彼が踊った時もそうでしたし。 王子様なキャシディさんはやはり本人が「好き」「慣れてる」というだけあって、板についていました。 ただ、もうあちこち限界ぎりぎりなんで、限界を超えないうちにもう少し色々やらせて欲しいなと思ってしまいました。 ファンとしては、カーテンコールでこの上ない笑顔を見せてくれたのも嬉しかったですし(苦笑)。
 舞台終了後は恒例の握手会がありました。参加者は松岡さん、キャシディさん、長田さん、宮尾さん。 キャシディさんが参加されるとは思っていなかったので、驚きました。 そしてその場で、松岡さんがジュニアプリンシパルに昇格されたことが発表されました。 まだまだ経験が浅くって、技術的にも演技的にも学ぶべきことが沢山ある方だと思います。 でも「この人で見てみたい」と少しずつ思えるようになってきたので、この昇格は素直に嬉しいです。 これからまた主演を踊る機会も増えると思いますが、どんどんいいものを吸収していって欲しいです。

 そんなわけで、最後の最後まで楽しかった公演でした。 しばらくはこの作品の余韻に酔っていたいと思います。



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