サマー・トリプル・ビル
2006/08/13
文京シビックセンター



 舞台って面白い。 そこにどんな物語があっても、出演者の、踊り手の意識が反映され、作品に独特の風合いを与えている。 この公演で感じたのは何よりも「若さ」。 全幕の作品でもなんとなく感じていたのですが、この公演は小作品集だったのでそれをなおさら感じました。 伸びていく力、何かになろうとする力、何かに抗う力。 色々良かったと思う点はあったんですが、こういうささくれ立った気分の時に瑞々しい感情に触れられたことが ある意味一番の収穫でした。 「全幕作品じゃないし、ちょっと小難しそうだけど中村祥子さん見たいから見に行くか。 でも、ま、B席で十分よね」と思った自分に蹴りを入れたいくらい面白かった。 もう一回見たい、そう思わせるだけの力はあったと思います。

ラプソディ
 (佐々木陽平, 荒井祐子
  東野泰子, 神戸里奈, 小林絹恵, 柴田有紀, 副智美, 浅川紫織
  杜海, 輪島拓也, 小林由明, ピョートル・コプカ, 宮尾俊太郎, 田中一也)

 何と言うか・・・・。 この作品を以前哲也が踊ったことをあるということを知っている観客の中で踊るのは色々不利だよなあと思ってしまいました。 哲也だったらもっと回転が鋭く・・・とか、哲也だったらもっと跳躍が美しく・・・とか、どうしても思ってしまうのよね。 テクニック重視を感じさせる振り付けなので、踊りが凡庸だと全体が平坦に見えてしまう気がします。 淡々と進んでいくなと思っていたのですが、荒井さんが出てきて空気が一変しました。 彼女を見るのは昨年の「白鳥」のナポリタン以来(そして当然記憶にない)なのですが、さすがプリンシパル!と思わせるものがありました。 踊りが堅実で華やか。 彼女がそこにいるだけで作品に命が吹き込まれているような感覚に襲われます。 リフトされた時にひらめいた手先が星の瞬きのようにきらめいていて魅力的でした。 雰囲気もとてもかわいらしくって、動きもとても安定していて、見ていると不思議な安心感とときめきを感じることが出来ました。 彼女が舞台に姿を現すと、それだけで花が咲く瞬間を見るようなときめきを覚えるんです。 舞台の上にいる間は始終姿を追っていましたし、また何かの機会があったら見たいと思えました。
 今回はB席という後ろの方(しかも度のいいほうの眼鏡忘れた・・・)だったので、個々については良かったのか悪かったのか、はっきりと判断がつけられません。 ただ、ふっと目に付いたのが輪島さん。 彼は見るたびにうまくなってきている気がします。 そして、どんどん表情に自信がついてきているように思えます。 顔もなかなか2枚目ですので、これからどう伸びていくかますます楽しみになりました。 哲也より、芳賀さんより王子様が似合いそうなんですよ♪

セレナーデ
 (松岡梨絵, 長田佳世, 東野泰子, 宮尾俊太郎, 杜海
  神戸里奈, 小林絹恵, 副智美, 中島郁美
  柴田有紀, 鶴谷美穂, 山田麻利子, 浅川紫織, 井野口恵, 木島彩矢花, 中谷友香, 沖山朋子
  白石あゆ美, 山崎亜子, 山口愛, 呼川茜, 米澤真弓
  リッキー・ベルトーニ, ピョートル・コプカ, 田中一也, スティーブン・ウィンザー)

 元はバレエスクールの発表会のために作られた作品・・・と聞いて色々納得。 振り付けはそこそこ簡単だし、男性の登場シーンも人数も少ない。 でも、派手なシーンがないし、音楽も緩やかなんで、あまりうまくない人たちが踊ったら夢の世界に連行されないかしら(笑)。
 ひとつの作品の完成度としてはこのあとの「若者と死」の方が圧倒的に高かったのですが、この作品には色々と癒されたのでとても気に入っています。 幕が開くと白に青を少し混ぜたようなごくごく薄い水色の衣装をまとったダンサーが並んでいます。 照明は冬と春の間のある穏やかな日の夜明けの空気を思わせるような柔らかな色合いでした。 もう、これを見ただけでずいぶんと癒されました。 踊りが始まると、「このカンパニーはここまで踊れたか!」と思うことが出来ました。 普段は振り付けに追われてたりしたからねえ。 体に馴染んだ簡単に振り付けを、高度なテクニックで踊るのを見る。 全員が足の高さから手の角度までぴたりとそろって踊るのを見るのは、もうそれだけで幸せでした。 踊るのがうまい人たちって、本当にアラベスク一つ、ジュッテ一つをとってもため息が出るような美しさです。 それに全体が朝日に照らされる、夜露にぬれた若葉を思わせる瑞々しさと若々しさがあって、その穏やかな世界に酔いしれました。 なんとなく物語のような流れもあった気がするのですが、抽象的だったのでよく覚えていません (というかこんな風にちゃんと物語の流れがあるなんて思わなかったので・・・準備不足です)。 中心のダンサー(松岡さん)が途中から何かに翻弄されるように見えました。 翻弄され、力尽き、けれど最後にリフトされながら光の元へ連れて行かれる姿は、新しい世界を予感させるものがありました。 暁光を思わせる照明が、本当に美しかった。 いかにも「クラシックバレエ」という感じで、また見てみたいと感じました。 誤魔化しがきかないので、本当に難しいと思いますが・・・。
 この作品は振り付けが難しくないからこそ、ダンサーのここの姿が浮き彫りになっていた気がします。 特筆したいのは宮尾さん。 「あなた誰?」と聞きたくなるくらいうまくなっていました。 存在感も増してきたし、踊りも端正になってきた。 この人もまた、先々が楽しみです。 東野さんは3月のオーロラ以来印象は最悪だったのですが、見方が変わりました。 ちゃんと芯のある、丁寧な踊りをされる方だったんですね。 「あのうまい人は誰かしら?」と思ってオペラグラスで覗くと、結構彼女だったりしました。 一緒に踊っていることが多かった長田さんは相変わらずの安定感。 やっぱりこの人の踊りは見ていると幸せになります。 松岡さんはもちろんうまいのですが、荒井さんが「頭一個出ている感じ」だとしたら松岡さんは「頭半分出ている感じ」でした。 たまーに周りに埋もれているような感じが・・・。 ただ、特に何かを演じていないせいか「踊りが好き」という彼女の思いがそのまま伝わった気がします。 副さんもずいぶん存在感&踊りの安定感が増してきた気がします。 ずいぶん目が行くようになりました。
 心の洗われるような小作品で、カンパニーがそれぞれ皆成長していることを感じました。 色々くさっている現在の私には、得る物が大きい作品でした。

若者と死
 (熊川哲也, 中村祥子)

 休憩時間が長いなー、と思いつつ客席でチラシを眺めていたら、舞台からはとんてんかんとんてんかん大工仕事の音。 幕が開いたら「これを見せてくれるなら待つかいあるわ!」と思えるセットで、嬉しくなりました。 遠近法を使っているため、どこか不安定に見える狭く汚い部屋のセット、窓から覗く都会的な赤と黄色のライトが孤独と焦燥感を浮き彫りにする。 幕が開いた瞬間から、その完成度の高い世界にうっとりしてしまいました。
 本当に、この作品は前の2作と完成度が違ったと思います。 哲也は、私が見た中で一番素晴らしかった! 彼は本当に息をするように踊るんですよね。 例えるなら・・・そうですね、信号を待っている時間にくるくるターンしてても不思議じゃないくらい、自然に踊ってる。 もはやダンスというよりフィギアスケートじゃないかと思うくらい回っていても、彼の踊りは自然です。 何かから逃れるように、何かに抗うかのように、何かを求めるかのように激しく回転し跳躍する哲也の姿は圧巻の一言。 振りつけとしても小道具の机や椅子の使い方が面白くって、ダンサーと振付家のテクニックの高さに圧倒されました。 中村さんはおかっぱ頭&黄色いドレスが似合ってるんだか似合ってないんだかという感じがしましたが、その身体的能力の高さと存在感はさすが。 表情はコケティッシュであり蠱惑的であり、とにかく強烈な力を感じるものがありました。 どこかへ向かおうとする力はあるものの思い悩み乱れている若者と違って、彼女は自分の行くべき道を知り、そこを真っ直ぐに歩く強さを持っているように感じられました。 若者をもてあそび、彼が乱れることを見て喜ぶような彼女の表情はとにかく強烈。 その笑顔は人のものと思えない強さと、そして魅力がありました。 力のあるもの同士が全力でぶつかるような様がとにかく素晴らしかった。 黄色いドレスの女が消えると舞台は本当に火が消えたようでした。 だから若者がそのまま首をつったのが自然の流れとして感じられました。
 そしてそのあとセットが上方に持ち上がっていくのは正に圧巻! 街の様子が露にされ、黄色いドレスの女は白いロングドレスと赤いスカーフ、それに骸骨のマスクという姿で出て来ます。 ここでは先ほどまでの圧倒的な存在感では無く、静かに勝利を歌うような、もっと神格的なものを感じました。 人間離れした人間から神に昇華した・・・そう思えるものがありました。 「死」は若者にマスクをかぶせ、彼は昇天するかのように、「死」に導かれるように去っていく。 いろいろな意味で圧倒される作品でした。
 時間的には短かったのですが、とにかく力強い作品でした。 哲也の魅力も堪能できましたし、中村さんの魅力にも触れることが出来ました。 彼女は本当にバレリーナらしいいい体型をしていますし、芯のあるテクニック、物語性豊かな踊りが魅力的ですね。 是非また見てみたいと思えました。

 夏のバレエ祭り真っ最中の公演ということで、Kバレエファン、もしくは2週間に複数回バレエを見に行くことに抵抗を感じない人しか足を運んでいない気がします。 色々もったいなかったなと思わせる小作品集でした。 見る前には色々不安もあったのですが、すっかり楽しんできました。 3作品それぞれ違う色合い、個性がしっかり出ていたというのも、また素晴らしかった! 昨年は夏公演をパスしたのですが、実際に見てみるとこれはこれで全幕と違った魅力があって見逃せないと感じられるものがありました。 来年も楽しみです。
 それにしても、11日の公演を見逃したのは痛かった! 哲也を見ながら成長した輪島さんと、彼とのパートナーシップが魅力的な長田さんの「ラプソディ」、確かなテクニックと存在感を持つ中村さんの「セレナーデ」、悪女をやらせてもなかなか魅力的な松岡さんの「死」。 改めてこちらのキャスティングも見てみたかったと思ってしまいました。

 次は「三人姉妹」。 このカンパニーがどこまで「静かな大人の物語」を表現できるのか・・・楽しみです。



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