ジゼル
2009/05/16
オーチャードホール

ジゼル荒井祐子
アルブレヒト清水健太
ヒラリオン遅沢祐介
6人の村人たちの踊り副智美
浅田良和
湊まり恵
渡部萌子
荒井英之
小山憲
ジゼルの母親ベルトニコラ・ターナ
クールランド公爵ショーン・ガンリー
公爵の娘バチルド中島郁美
アルブレヒトの従者、ウィルフリードデイビッド・スケルトン
ウィリの女王ミルタ樋口ゆり
モイナ井上とも美
ズルマ浅野真由香


 恒例の若手キャストの日です。 今回は松岡&宮尾もあったのですが、平日だったので涙を飲み、荒井&清水ペアのみです。
 さて、アルブレヒトはぴったりと思う清水さんと、ジゼルは少し違うかなと思う荒井さんの組み合わせです。 指揮者は福田さんだったらいいなと思っていたら、その通りでした、ラッキー! 細かい違いはわかりませんでしたが、導入部が予想よりずっと柔らかかった。 何というか夢を見ているような夢の世界につれていかれるような・・・。 全体的にはそんなに夢見心地という感じはしませんでしたが、ここの導入部だけは不思議な音色で、ゆったりとジゼルたちの住む私たちにとってはおとぎの世界と同じ意味を持つようになってしまった世界に誘われたと思います。
 アルブレヒトはきっと似合うだろうと思っていた清水さんは案の定素敵でした。 フランツなんかよりずっと似合う。 真面目なんだけど、ぼんぼん故に甘さの残る青年。 ジゼルのことはちゃんと愛していて、将来のことも考えている。 小さな家で二人で穏やかに、静かに暮らそうって。 考えているというよりは夢見てる。 収入はどうするかとか自分の地位はどうするかとか考えてない(自分の地位を捨ててでもジゼルと駆け落ちを・・・なんてタイプでもない)。 そんな甘ちゃんなんですが、嫌味っぽく見えないのが清水さんらしさかなと。
 荒井さんは闊達な感じの女の子向きなので、特に狂乱は足を引っ張ったかなと思いましたが、そこ以外の1幕は絶品。 愛らしい、かわいい女の子でした。 東野さんが生まれつき病弱な子なら、荒井さんは後天的に心臓を病んだタイプ。 当たり前のような娘なのに突然胸の痛みを訴えるあたりはわざとらしさはもちろんなく、ふつうの子が重い病を煩っているようでどきりとした。 昔は一緒に遊べたけど今は無理、だから村人みんなが彼女の友達で、その寂しさが少しでも紛れるように彼女を励ましているように見えました。
 荒井さんと清水さん、パートナーシップとしてはまだ今一つ。 この二人だからこその特別な空気があまり感じられなかったのが残念。 でもこの二人はいいですね、二人とも踊りが丁寧で安定感がある。 荒井さんは軸がしっかりしてるから力強い踊りのはずなんだけど羽のように軽やか。 清水さんは丁寧で慎重に見えてかなりきれいに飛んでいる。 安心して見れるペアなんで、もっと見る機会があるといいな。
 ヒラリオンはせめて見た目だけでもキャシディさんから離れた方がいいんじゃないかとちょっと思ってしまった。 遅沢さんは強面なんだから、無理して髭面にしなくてもヒラリオンだと思うんだけどな。 細身だから、あの衣装もなんか似合わないのよね(こんなところでキャシディさんの恰幅の良さを思い知らされる)。 演技も序盤はキャシディさんの真似をしてなおかつ二回りくらい小さくした感じだったので、いろいろいまいち。 彼の本領発揮についてはまた後で。
 お芝居全体の雰囲気はとても良かったです。 団員のみの公演特有の一体感がありました。 あと、思わずミーハーになったのがペザントの男性陣! ペザントの男性その2、その3はせっかくだから見分けられるようになりたいな、荒井さんってイケメンって言われてるわよね、と思ってみてみたら両方ともイケメン! 新入りの男性その1ももちろんイケメン。 Kバレエらしい荒っぽさもありましたが、よく跳ねるイケメン3人衆に、多少のことは目を瞑っていっかーと全くのんきな気分にさせてもらいました(笑)。
 公爵親子も今日は初日と別の二人。 父親の方はどっちもありと思えましたが、バチルドは中島さんはちょっとキャラが違うかなと。 彼女の目はとても優しくて、貴族らしい無意識の残酷さがありませんでした。 心臓の悪い子に「踊ってごらんなさい」なんて言うように思えないの。 無邪気なところは好きだけど、ちょっとバチルドっぽくないかなと。 とはいえ、あの豪奢な衣装が似合う美しさと気品は目の保養でした。
 ヒラリオンがアルブレヒトの正体をばらすあたりから、ヒラリオンがものすごく良くなった。 アルブレヒトも哲也との役作りの違いは元から明確でしたが、ここからはっきりしてくる。 荒井さんは惜しいかな「自分がだまされた」ことを知って我を失う子のようには思えませんでしたが、小さくっていじらしかった(彼女って、作品によって大きさが違うような・・・)。 バレエでこういう見方をする人は珍しいと思いますが、清水さんと遅沢さんの組み合わせってなんか好きです。 コンラッドとアリは悪くない程度でしたが、ジークフリードとロットバルトは素晴らしかった。 そしてアルブレヒトとヒラリオンも良かった。 アルブレヒトに対して謗るように嫌みったらしく礼をするあたりから、キャシディさんに陰に引きずられない、彼のヒラリオンが見えてきました。 遠慮なくアルブレヒトの内心を踏みにじるような、それでいて悪人に見えない追いつめ方が、とても心地いい。 アルブレヒトは予想外のことに対応できないのか、どちらかというと戸惑う感じ。 角笛が鳴り響いた後の静寂の後がとても良かった、角笛が音を外したとしても。 確信を持った目をするヒラリオンと、すべてが終わったことを感じるアルブレヒト、何も分かってないジゼル。 呆然として、我に返ったときにはすでに貴族たちが戻ってきた後。 このときのアルブレヒトの呼吸が、とても好きでした。 そしてバチルドの登場。 美しく凛として、まるで女王のようでした。 改めて思ったのですが、ヒラリオンはジゼルにアルブレヒトが貴族であることは教えましたが、まさか婚約者がいるなんて思ってもなかった。 そんな風にジゼルを傷つけるつもりじゃなかった。 周りにあるものすべてにおびえるジゼル、どうしていいか分からず立ち尽くすアルブレヒト、そして自分のしたことの大きさに成す術もないヒラリオン。 このあたりの物語が急激に動いていくあたりはさすがのめり込みました。 ジゼルが踊っていて、ふっと胸を押さえる。 彼女は心臓が悪いのだ、激しく動いてはいけないのだ、物語の中の人物でなく、本当にそこにいる人のようにそこにある事実におびえました。 胸が痛いにも関わらずそんなことを気にすることもないジゼルの姿は、本当に自分で自分を殺してしまうように見えました。 走っている間中、それが力がこもっているほどに「このままでは彼女は死んでしまう」と思えてしまう。 アルブレヒトの腕に飛び込んだとき、まるで体だけ浮かび上がり、魂はそのまま地面に倒れ込んだように見えました。 地面に寝かされたジゼルはただの抜け殻。 ジゼルが哀れで哀れで仕方なくて、それでも後ろで言い争うバカ二人、もとい、アルブレヒトとヒラリオンを憎く思えず、こちらも哀れに思えたバランスが良いなと。 激しく言い争っているように見えて、こちらも魂をどこかに忘れてきたようでした。 剣を手にそれを首に持っていくことができないヒラリオン、従者につれられるのを拒む力はあっても、ジゼルへの一歩を踏む出すことができずに崩れ落ちるアルブレヒト。 この悲劇的な一場面が、不思議なくらいの美しさで心に残りました。

 2幕は何度見ても同じことを感じるんで何度もいいますが、本当に照明が美しい・・・。 この照明、というか木々の間からこぼれる月明かりを見るだけで来て良かったと思えます。 遅沢ヒラリオンはどちらかといえば悲しみが全面にでている感じがしました。 彼が魅力を発揮するのはやっぱり後半なんでまた後で。
 ミルタは樋口さんが今まで踊った中では一番あっていると思います。 ただ、温度が感じられなかったのがいまいち。 もちろんミルタですから人の体温が感じられてはだめですが、なんというか体温がない冷たさというか怖さがなかった。 冷たくある必要はないかもしれませんが、「体温がな体温」が感じたかったのかもしれません。
 ヒラリオンがウィリたちに踊り狂わされるシーンは、こういう言い方をしていいのかと思ってしまうけどやっぱりおもしろい。 遅沢ヒラリオン、やっぱり良かった。 踊りを見ていてこちらが息切れするような、こちらの心臓が破裂しそうな感じでした。 もちろん遅沢さんが息切れした踊りを見せてたわけじゃない。 顔に似合わずっていったら失礼だけど、彼の踊りはシャープで端正。 その鋭さが失われていなかったからもちろんその息切れは演技だと分かる。 でもそうとは思えない、白い世界に閉じこめられ死ぬまで踊り狂わされる恐ろしさがありました。 このあたりは作品の強さもあるのだと思います。 Kバレエはそんなにそろったコールドではありませんが、それでも一つの意志によって動くウィリたちの白い姿は美しく、そして言葉にできないほど恐ろしかった。 ミルタの元にヒラリオンを追いつめるウィリたち、体の限界を超えても踊らされるヒラリオンの息遣いと絶望。 絶望というのがある種美しさを持っているとしたらこんな情景なんでしょう。 素晴らしかったというとちょっと誉めすぎですが、でも良いものを見せてもらったと思います。
 アルブレヒトとジゼルについてはまだ今一歩お互いの愛情が見えないところはありました。 でも、ジゼルが軽やかなところはさすが。 リフトはそうでもありませんでしたが、ちょっとしたサポートでは本当にジゼルがふわりふわり浮いているように見える。 やはりこの作品はこの軽やかさあってのものですね。
 アルブレヒトのソロも良かったと思います。 というか、この三人は三人とも「死ぬ」もしくは「死にかける」演技がうまい。 「ソロを踊ってます!」ではなく踊り狂わされているように見えました。 アルブレヒトが死にそうに見えるほどに、ジゼルの祈りが、苦しみが伝わってくる気がします。

 最後、アルブレヒトの手をジゼルが天に掲げたとき、はっきりとアルブレヒトは許されたと感じました。 許したのはジゼルではないと思います、彼女は最初からとがめてはいなかったから。 アルブレヒトと共に生きられないことを悲しんではいたけれど、彼のしたことを恨んではいなかったから。 ただ女神のように、彼女はアルブレヒトの罪が許されたことを示しているようでした。 そしてウィリとしても力を失ったジゼルは何も思い残すことなく去っていく。 とても静かに、まるで眠りにつくように。 墓地に帰っていく感じのこのラストはあまり好きではなかったのですが、ようやくジゼルに安らかな眠りが与えられるように思えて、これはこれで心が穏やかになる不思議な心地よさのある終わり方でした。
 そして朝になり目覚めたアルブレヒトはすべては夢でなく実際に起きたことだと知る。 百合の花を手向けるアルブレヒトから感じたのは、ジゼルの深い愛に対する愛、そして感謝。 命を奪ったに等しいアルブレヒトすら必死で守り抜いたジゼルに対する感謝。 「感謝」なんていうと安っぽい感じがしていやなんですが、「祈り」といえば伝わるかしら。 その姿が、とても美しかった。
 そんなわけで、不思議なくらい心地よい終わり方をした「ジゼル」でした。 もうちょっと最後のアルブレヒトの「祈り」が深い方がおもしろいかと思いますが、こういう方向性もいいなと思っています。 全体的に踊りはいいけど心情面では今一つといったところがありました。 やはりこの作品は「芝居」ですね。 それでも主役三人のバランスもよく、芝居が弱いけどだからといって踊りが突出することもなく、いい舞台だったと思います。 また見たいかと言われれば、また見たい。 それにしても「ジゼル」はやっぱりおもしろいと、当たり前のことを思いつつ帰路につきました。




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