海賊
2010/02/28
Kバレエカンパニー
オーチャードホール

メドーラ浅川紫織
コンラッドスチューアート・キャシディ
アリ熊川哲也
グルナーラ松岡梨絵
ランケデム伊坂文月
ビルバントビャンバ・バットボルト
サイード パシャルーク・ヘイドン
ギリシャの少女達神戸里奈
副智美
浅野真由香
日向智子
井上とも美
中村春奈
松岡恵美
中谷友香
海賊の男達西野隼人
ニコライ・ヴィユウジャーニン
浅田良和
荒井英之
内村和真
合屋辰美
長島裕輔
奥山真之介
物乞い湊まり恵
荒井英之
パ・ド・トロワ東野泰子
樋口ゆり
白石あゆ美
鉄砲の踊り中島郁美
並河会里
岩渕もも
西野隼人
ニコライ・ヴィユウジャーニン


 2年半ぶりの哲也のアリ。 見ている人間より、踊っている当人の方が感慨深かったのではないかと思います。 哲也が、アリという役がとても好きだということを否定する人はいないでしょう。 その哲也が、他のヴァージョンではありえないアリの結末を書いた。 つまり、彼はアリにこう生きてほしかった、アリとしてこう生きたかったということの現われだと思います。 だから、私は彼にこの役を踊って、アリとして生きて死んでほしかった。 自分が見たい以上に、哲也に踊ってほしかった (私はラッキーなことに1回は見れてるのでそこまで後悔がない)、そう思っての観劇でした。 だから彼が躍っているのを見れればよかったんだけど・・・。 結果、いろいろなことが胸に去来する公演となりました・・・。

 さて、色々思うことがあった公演ですが、文句なくすっばらしかったのが伊坂さんのランケデム! 昨日の浅田ランケデムを見て、彼もいいのに映像化は逃しちゃったのね・・・と思っていたのですが、 びっくり、圧倒的に伊坂ランケデムのほうがいいです。 元々ランケデムはキャラクターもはっきりしてるし、くっきりした悪人だしやりやすいとは思っていましたが、 初役だと言うのにあまりの完成度の高さにぽかーんとしてしまいました。 とにかく初登場の時からびっくりするような濃さ。 メイクが濃すぎてオペラグラスでも伊坂さんだとは分かりません。 ムチの音もびしっと決まり、最初から期待は高まります。 遠慮なく悪人に徹してくれてるので、楽しくみることができました、 伊坂さんは背が高くない・・・っていうかかなり低い方だと思うのですが、 今回はそれがいいほうに働いてた気がします。 ちょこまか動く感じが面白かったし、客を見上げていながら、心では見下していると言うか、 ただの財布にしか見ていない感じのバランスが良かった。 サポートはそこまでうまくないけど、浅田さんのようにはらはらすることはない。 跳躍については、浅田さんの方が上だと思います。 浅田さんはアリが出来そうだと思ったけど、伊坂さんではそこまでは思いませんでした。 だけどランケデムとしては、べらぼーにいいです。 あの凶悪な笑顔だけで、物語の雰囲気を作りだしてくれています。 むち打ちの音もしっかりしてるから、奴隷市場で無理矢理女の子たちを踊らせてるのがよく分かる。 グルナーラやメドーラをしっかり商品として、見せつけるようにどこか乱雑に扱うのもいいし、グルナーラが高く売れたときの高笑いもいい。 ビルバントとのやりとりも、悪人同士という感じでぞっとさせてくれました。 縄から解き放たれて自分は自由だというマイムの力強さと凶悪さも好き。 細かいところですが、こういうところがしっかりしててくれると見ていて本当に楽しい。 踊りの面でもなかなか堅実におもしろく、ランケデムとしてのつっこみどころが見つかりません。 すっごくうまいというわけではないのですが、何となく目がいく存在感も、よかったと思います。 ちょっとおもしろい人が入ったんですね。 これからが楽しみです。 2枚目じゃない、背も低いとあって王子様は難しいかもしれませんが、こういう濃いキャラがいると舞台の奥行きが増すんですよね♪ (ちなみにねー、すごく良かったんだけどねー、映像に残るのが彼で橋本ランケデムじゃないってことは 微妙に納得はいってない、もちろんそれは彼のせいではないのだが・・・)
 さて、二人とも好きなんで楽しみにしていたメドーラ・グルナーラ姉妹。 うーん、この二人は姉妹と言うより双子かなとちょっと思いました。 荒井・東野だとはっきりと年の差が出てたんですが、それより「似てる」という面のほうが先に立っていたかなと。 冒頭の部分でもどちらが姉か分からなかったし・・・。 2幕のパシャの屋敷で二人並んでる時、本当に顔も雰囲気もそっくりで、びっくりしました。 双子だと感じたのはそういうところもありますが、ちょっとしたやりとりで姉、妹に見えなかったと言うのもあります。 一番分かりやすく姉、妹が出るのがパシャの屋敷なのですが、ここで「妹を気遣う姉」という感じがしませんでした。 浅川さんが妹っぽくないのもありますが、松岡さんがお姉さんオーラを出してないのも問題のような・・・。 この二人については昨日のキャストの方がよかったなと思ってしまいました。 浅川さんはしっかり者っぽいので、ちょっと流れに飲まれている感じのこの物語のメドーラには合わないかなと。 女海賊になっちゃうなら、間違いなく彼女が適役なんですが。 松岡さんのグルナーラはちょっときついかなあと。 クールビューティーだからこの役は似合っていると思っていたのですがその冷たさがマイナスに働いてしまった気がしました。 あまり悲劇性を感じなかったの。 グルナーラは前日が良かっただけに、若干消化不良でした(メドーラは一長一短かな・・・)。
 コンラッドとメドーラの物語は、予想してたよりこの組合せになっても前面に出てきていました。 いや、アリが目立ちすぎてこの二人が霞んでしまうかと思ったのよ(笑)。 このあたりは演出や演技がちょっとずつ変わって、きれいにまとまった気がします。 コンラッド自身、初演よりよくなったんじゃないかと思います。 演技の面ではもちろんですが、踊りの面でも。 確かにすごくいいというほどの踊りではありませんでしたが、初演よりはましになったんじゃないかと思います。 なにより、サポートは他に類を見ない安定感。 今回はサポートならまかせとけの清水さんがいないため、比較対照のいないすばらしさでした(あ、ルーク・ヘイドンがいるか。でも彼は踊らないからちょっと別枠かな)。 2回目だったからかコンラッドがメドーラのその温もりに惹かれたこと、アリがいなくなったため、メドーラがいるため、海賊を続ける意味がなくなったことなど、パンフレットにあった物語がすんなり胸に入ってきました(個人的には、アリがいないのに海賊を、メドーラが怖がるのに続けることの意味を見いだせなくなったんだろうと解釈しております)。 やっぱり遅沢さんと違ってそこに立っているだけで貫禄と存在感がありますね。 1幕の奴隷市場で変装を脱ぎ捨てるところとは、びっくりするほどの存在感で物語の流れを一気に変えてくれていると思います。 洞窟でも、ああ、頼れる親分だなあと思わせてくれますし。 こそーーーっとパドトロワのソロのとこだけ遅沢さんに変わってーと失礼なことも思いましたが(笑)。 彼もすっかり海賊の親分が似合ってきたものです。
 初演からのベテラン、ビャンバさんのビルバント。 もう、言うことないですね。 物語の説明が上手い。 最初に少女達に水をくれと言うところから、怪我をしてランケデムに逆らえないあたりも説明過多にならず不足にならず。 そして洞窟に娘達を連れてきたのはビルバントの功績なのかなと、初めて思いました。 彼女達を洞窟に連れたれてきた時も誇らしそうだったし、そのあとも自分のもののような顔をしているし。 だからコンラッドの気前のよさに腹を立てたのではないかと思いました。 ちょっと戻りますが、鉄砲の踊りも相変わらず素敵でした。 中島さんとのちょっとしたやり取りにもなんともいえない色香が漂っていて、踊りだけでなくうっとりさせられました。 ランケデムとのやり取りも大変濃く、堪能しました。 結託するあたり、ランケデムがビルバントを置いて去るあたり、ランケデムに止めを刺すあたり・・・。 昨日の上機嫌な海賊その一と雰囲気ががらりと変わり、こちらも大変魅力的でした。 ビルバントも上機嫌な時は上機嫌なのですが、あの黒い笑い顔がたまらなく魅力的です。
 さて、ファーストキャストになった女性3人のヴァリエーションですが、 やっぱりこれ、存在意義が感じられない。 他のシーンは「誰が」「何を」やっているかが分かるのに、これだけ分からない。 あの娘達は何者?何を表現するためにここに出てきたの? それが未だに分かりません。 特に上手いわけでもないし・・・。 樋口さんはこんな感じかなといった風情ですが、東野さん、プリンシパルの踊りじゃないよー、白石さん、明らかにだめだめです・・・。 女性の踊りが少ないのなら、むしろギリシャの少女達の解放されて嬉しい踊りを増やしてほしいなと思います。
 そして振り付けにひとつ大きな苦情がある! 乞食の振りが何で違う〜〜〜!!! 女乞食で上向いて首を振るような動きをするところ、正面を向いてました。 これも悪くないかなと思ったのですが、もとの振りのほうが断然かわいい! 昨日はちゃんと初演どおりの振り付けだっただけに、納得いかないです。 湊さんはかわいかったんですけどね・・・。 荒井さんの乞食はあまり存在感がなくてよく見失ってたのですが、「あ、なんか高く跳んでる人がいる」と思うと彼でした。 そのあたりはさすがです。
 実は初日(途中でけがをしても見られるようにと一番早い日を取得)に見た母親からネガティブな意見を聞いていたために不安だった熊川アリですが、やっぱり素敵なことは素敵でした。 物語のわかりやすさは橋本アリの方が上かなと思ったのですが、やっぱりこの人には他の人には真似できない存在感がある。 一体それって何なのでしょうかと首を傾げるほど、そこにいるだけで空気が変わる。 最初の砂浜で海賊を引き連れてくるところからドキドキするほどかっこ良かった。 ランケデムとの丁々発止も楽しそうで、見ていてなんだかわくわくした。 そして一番好きなのが洞窟で海賊たちと踊ってるシーン。 素晴らしくきれいに回るのが好きというのもありますが、海賊仲間を束ねてる、でもリーダーではないというような絶妙の存在感、そして後ろに海賊たちを背負うことのできる存在感、このあたりがゾクゾクするほど迫力があり、しびれました。 ここは本当に、「熊川哲也は特別、代わりの利かないスペシャルな人!」と無条件で思えました。 ビルバントに撃たれるあたりも、本当に絶えずコンラッドを気にかけていることが分かって胸を打つ。 本当に素敵なアリでした、ただ一点を除いて。
 ただ一つの難点、それはパドトロワのコーダ (グランパドドゥじゃないからコーダって言い方しないのかもしれないけど、分からないからとりあえずこれ)。 哲也がね、跳べてないの。 確かに他の人に比べれば跳べてるかもしれない。 でも何というんだろう。 橋本アリが怪我をして復活して「ここまで来たぞ!」という勢いを感じるとしたら、 哲也のアリは「昔はここまでできた」というイメージが彼の中にあるのに、そこまで手が届いてない感じ。 伸びている人と衰えている人。 その違いを、まざまざと感じてしまった。 一箇所、明らかに跳躍を失敗したところがありました。 本来なら一番の見せ場になるべきところで、中途半端な跳び方をしていた。 ああ、もうこの人は昔のように踊れないのだ、 それは彼の鍛錬のせいでは無く、彼の年のせいだとふと思えてしまい、 なんともいえない悲しさがありました。
 今回一番のマイナスだったのはそこかなあ。 たったそれだけ、物語には何の影響もない。 それなのにこんなに心に深く残っているのが、自分でもとても不思議です。

 カーテンコールで、アリが一人で船の前に後姿で立っているという時がありました。 普段なら「哲也目立ちすぎ!」と思うところなんですが、今回はなんとも思いませんでした。 気持ちよくスタンディングオベーションで、その姿を見ることができました。 もしかしたら、哲也が海賊を踊るのはこれが最後かなと心のどこかで思っています。 どちらにしろ、私は最後にするかどうか迷っているところです。 多分初演のあのアリを越えることは無いだろうし、でも、作品としては間違いなく面白いし。 拍手の止まらなかったあのパドトロワを、そのときの会場の熱さを、私は忘れられません。 本当に揶揄ではないんです、拍手が止まらなかったあのコーダ。 皆が踊り終わるまで、拍手を止めることができなかったあの踊り。 あの嵐のような空気、客席にいた私より、舞台にいた哲也の方が強烈に感じているはずです。 そして今日の静かな拍手も。 前日別キャストで見たとき、とても感動したことが、ある意味私の中で重くのしかかっています。 Kバレエの「海賊」はあれだけの力のある作品。 けれど、今日、熊川哲也のいる「海賊」にはそれほどの勢いはない。 踊りたくても踊れなかった、アリを愛し、独自のアリの人生を描いた男へ、せめてものはなむけの気持ちで拍手をしました。 楽しかったけど、それ以上に色々感じてしまった「海賊」でした。

(というわけで、前日は「これで星5つつけなかったらどんな作品で付けろって言うの?もう半分足しとく!?」という五つ星、今日はおまけの4つ半です)

 えー、ちょっときついことを書いてしまったので(でもそれだけショックだった)、ちょっとフォロー。 哲也は「自分がどう踊ればかっこよく見えるか」ということをよく知っている人だと思います。 「海賊」「ロミオとジュリエット」共に、振付けた時期の哲也が最も引き立つつくりだったと思います。 だから昔に振付けた作品ではもう彼の魅力は拾えないかと思っています。 でも、これから振付ける作品は、きっとまた「その時」の哲也が一番かっこいい作品になっているはずです。 私はそれを、心待ちにしています。



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