白鳥の湖
2018/03/24
オーチャードホール

オデット/オディール小林美奈
ジークフリート遅沢佑介
ロットバルトスチュアート・ キャシディ
王妃山田蘭
ベンノ益子倭
家庭教師伊坂文月


 劇場通いを続けていると、まれにいろんなものがかみ合った、本当に素晴らしい公演に出会えます。 まさにそんな公演でした。 1幕2幕とおもしろかったのですが、3幕から4幕に向かってさらに面白くなって、一つの完成形を見たというか、本当に素晴らしい公演でした。 「なんだかわからないけど素晴らしかった」としか言いようがないのですが、覚書程度に書き記しておきます。
 その前に少しだけ火曜日のゲネプロの感想を。

 遅沢王子は真面目ではあるけど若干現実と向かい合ってない感じがしました。 個性がはっきりしたのは一幕の後半。 楽しく友達と踊ってるようで、彼は孤独でした。 誰も彼の立場にはいない、それを彼は思い知る。 堀内友人もいい感じに話しかけるけど、理解には至らない。 このあたりのバランスが堀内さんの絶妙なところで、王子の気持ちが理解できないとわかると気晴らしの狩に誘える。その辺りが大人で魅力的な存在でした。
 オデットと出会って王子は変わります。 彼女のために何かしたいと思うようになる。 自分のために生きてきたときは孤独で、誰かのために何かしたいと思ったら孤独から解放される。 もうそれだけで十分面白い物語でした。 オデットと出会って王子の周りにあった緊張感のような冷たい空気が溶けていったのが興味深かったです。 美奈さんは安定感もう一息でしたが好みのタイプでした。 序盤はまだ手探りだったけど最後はちゃんと「女王」に見えました。 羽ばたく腕が自由になりたいと訴えてるようでした。 王子と出会って運命に抗うことを思い出したみたいに。

 そんなことを踏まえたうえで本日の公演。
 遅沢さんの王子はあまり若さを感じません。 無理のない年齢設定ですし、また、「若くない」ことと「成熟した大人である」ことは一致しないというのはすごくしっくりきます (個人的にいろいろ突き刺さるが)。 別に不真面目なわけではないけど、やがて王になる自負がないわけではないけど、まだその覚悟が足りていない感じがしました。 特に結婚するということについては全く考えておらず、それはやめてほしいという雰囲気でした。
 蘭さんの王妃、大変知的で美しかったです。 若く美しいのでまじまじ見ると遅沢ジークフリートの母親というとちょっと若すぎる気もしますが、気品のあるその姿がジークフリートより上の立場と感じさせられました。 王妃と王子は異なる社交界を持っていそうな雰囲気も良かったです。 それにしても、「結婚しなさい」と言われた後のジークフリート、背中からも気落ちがしっかり伝わってくるのはさすがとしか言いようがありません。
 ベンノは益子さん。 いつもよりさわやかに感じる益子さんでした。 あまり押しが強くなく、程よくかわいらしいジークフリートの弟分でした。 足さばきも細やかになっていて見ごたえがありました。 家庭教師は伊坂さん。 最近もっと若手がやってるし伊坂さんがやるのはもったいないなあと思いましたが、やはりジークフリートとの関係が濃くなってそれはそれでいいですね。 家庭教師はもちろん臣下なのですが、友達ではない、でも心を許せる「大人」という風にジークフリートが接している関係性がよかったです。
 パドトロワは安定していました。 井上さん、堀内さんはいつものことなので当然ですが(ちょっと堀内さんがもたつきましたが)、毛利さんがとてもかわいらしくしっかりした踊りをするので驚きました。 スワニルダタイプかというとそこまではわかりませんでしたが、「コッペリア」が楽しみになりました。
 ゲネプロの時、たとえ友人たちと楽しく踊っていてもジークフリートの心にある孤独を埋めることはできないと感じました。 けれど今日の公演ではどちらかというと立場が違い本当に理解し合うことはなくても、友人たちと楽しく踊っていることはそれはそれでジークフリートの心を癒しているのではないかと感じました。 だから友人たちが去っていくとき、彼はどこかそれを引き止めたそうに、寂しそうに眺めていたように思います。 王子の友人筆頭は今日は山本さん。 王子のことを気遣って…というよりは周りの友人たちが物思いに沈むジークフリートを気遣い一人そっとしておいてるのに、そういう空気が読めない感じで話しかけてる様子。 多くの人たちが去ってしまった後でその無遠慮な質問はちょっと孤独を増させるなあと思いながら見ておりました。

 どうしてもゲネプロの印象が残ってしまっていたのですが、当たり前ですが全く違う公演です。 2幕になってようやくそのことが分かってきた気がします。 森でのジークフリートはなにかを探しているようでした。 獲物を探しているのだと彼自身は思っていたかもしれませんが、なにか、彼自身分からない何かに出会う予感がして、それを求めているようでした。 だからオデットが出てきた時、まるで出会うべくして出会ったような気がしました。
 ゲネプロの時はまだまだ存在感が足りないと思った美奈さんのオデットですが、さすがに1公演こなした後ですから特別な存在であると、出てきた瞬間感じました。 浅川さんのオデットは触れれば壊れてしまいそうな夜の闇に浮かぶ白い幻のようだと感じましたが、美奈さんは真っ白い羽のように感じました。 芯の強さは感じるのですが、それ以上にふわりと軽い羽のようでした。 踊りにしっかりとした安定感があるのにそんな軽さがあるあたり、さすがとしか言いようがありません。 ジークフリートは彼女が何者であるか理解するより先に彼女を追い求めているようでした。 理由がわからないまま、彼女をここで見失ってはならないとばかりに追い求め、手を取り見つめ合った瞬間、お互い惹かれ、そして我に返ってジークフリートはオデットの手を放し、ようやくオデットが身の上を語り始める…そんな流れだったと思います。
 グランアダージョは、まさにこれが見たかったのだという言葉しかありません。 オデットとジークフリートの一挙手一投足が紡ぎ出す物語がとにかく一つ一つ見事で、目を離すことができませんでした。 差し出された手にそっと重ねられる手、寄り添う姿、ジークフリートがオデットを理解しようとし、オデットが段々と心を許していく。 一つ一つの動きに物語があり、一つ一つの動きが絵になるほど美しい。 サポートとかそんな仰々しいものでなく普通に手を添えているだけで純粋に美しくて、見惚れました。 ジークフリートはオデットに寄り添い、彼女のすべてを理解したうえで受け止めようとしているように見えました。 愛することとはどういうことか、ジークフリートが愛することを知ったというより、その時のジークフリートの行動と思いすべてが、「愛することとはどういうことか」を物語っているように思えました。 そう、そんな言葉にするとちょっと恥ずかしいようなことを、さらりと自然に演じてしまうのが遅沢さんだとしみじみ思いました。 遅沢さんのジークフリートは決して強いわけでも頼りがいがあるわけでもありません。 でもとても誠実で、オデットにしっかりと寄り添おうとしてくれるから、彼女がジークフリートを信じようとしたわけが分かるのです。 強い王子ではないけれど、オデットのすべてを理解した上で受け止めようとするジークフリート、か弱くはないけれどロットバルトと一人戦うには弱いオデット、二人のバランスがとても良いように思いました。 寄り添うオデットを抱きしめるジークフリートの姿が本当に美しかった。 美奈さんの踊りもゲネプロで見たときよりいちいち良くなっていて、その部分も見ほれました。 力強さを感じないのに、安定感があって軽いのです。 そして今さら私みたいな素人がいうのもなんですが、心の内側をひっかくような美しい音楽と、ゆったりと進んでいく物語、そして確かに変わっていく二人の心を見つめながら、本当に白鳥の湖という作品はすばらしいと思わずにはいられませんでした。
 コールドは美しくはあるけど若干アームスがばらけていたように思えました。 4羽はすごくまとまりがあってキレがあって良かった。 2羽はまさかまさかの蘭さん。 踊りが見られてうれしいですが、王妃やって白鳥やって王妃やって…大変です。 当たり前ですが王妃の時の凛々しさは感じず、白く美しい白鳥でした。 彼女の踊りはアームスが華やかで大きく見えるので好きです。
 そしてオデットが去っていき、夜が明ける。 これはいつものことですが、オデットのことさえも夜の森が見せた幻ではないかという余韻が、相変わらず見事です。

 3幕のジークフリーとはオデットの残した羽を見つめどこか上の空でした。 幻のように消えた彼女を待っている。 ところでK版の花嫁候補たちはみんな似たような衣装を着ており、なんとなくジークフリートでなくてもこれで一人を選べとは無茶を言うなあと思ってしまいます。 見分けがつかない(いえまあ、どのダンサーさんがやってるかはわかりますが、みんな同じようという意味で)。 そして王妃に少しジークフリートに時間を与えるように提案する家庭教師が良いなあと思います。 臣下ではあるけどジークフリートの味方であることが強く感じられるのが伊坂さんらしいです。
 各国の踊りは若干助長かなと思いつつも始まれば楽しかったです。 ナポリは特に今回ベテランなのでともすればただごちゃごちゃしてるだけの動きがすごくはつらつとしていてでも安定感があって楽しかったです。 チャルダッシュはニコライさんかっこよかったといいつつも最近一押しの宇多さんを見てました。 かっこよくてかわいくてとても好き。
 そして最後にスベイン軍団とそれからロットバルトとオディール。 スペインの中に石橋さんがいるのは確認しましたし、ロットバルトの後だからか黒さが増していてとてもかっこよかったし、あの衣装にすらりとした足が大変美しかったのですが、その後見ることができなかったのが残念です…。 それと細かいところですが、オディールが一度去った後、下手にロットバルト、上手にジークフリートが行るとき、なにか不吉な物語が始まるようなそんな雰囲気があって印象的でした。
 オディールは悪女悪女していなかったけどしっかり騙そうとしているオディールというか。 オデットのふりをして王子の心を掴もうとしたり、その心を突き放したり。 そうやってジークフリートの心をもてあそんでいるみたいでした。 ロットバルトとの関係は同じ目的がありつつも若干ロットバルトが力が上という感じ。 オディールは彼の言葉に従い、ジークフリートの心をコントロールしているように見えました。
 ジークフリートは確かに騙されていました。 これ、うまく言えないのですが、オディールとロットバルトが騙していたというのもありますが、ジークフリートが自分自身をだましていたようにも見えました。 ところどころ、オディールのことを疑っているようにも思えました。 でも、オデットが自分のことを信じ、頼り、ここに来てくれた、だから自分は疑ってはいけないと、そう思っているようでした。 そんな風にどこか迷いのあったジークフリートの心をうまくコントロールしたのがオディールであり、彼女に指示を出していたロットバルトなのかと思いました。 二つの羽を見比べる姿、自分の手の中からすり抜けていったオディールの手を思って物悲しそうにする姿。 オデットへの誠実さがあるからこそ、気持ちをオディールにからめとられた気がしました。 最後に誓いを立てるところもロットバルトがうまくジークフリートの気持ちを追い立てたからそうなったように思いました。 なんというか、もう少し時間を空けて考える時間があったらジークフリートは騙されなかったのではないか…そう思えるバランスでした。
 とても失礼なことを言いますが、踊りの面では遅沢さんもキャシディさんもびっくりするくらい絶好調でした。 二人とももう年だから…とか思っていたのが全部ひっくり返されました。 遅沢さん、こんなに迫力のあるソロを踊れるなんて! 若干好不調のある方だとは思いましたが間違いなく絶好調! 柔らかく飛ぶところは柔らかく軽やかに、とても高く、そして空中で見えるアラベスクが本当に美しい。 鋭い部分は鋭く、斜めに飛ぶトゥールザンレール?は今まで見たことのない鋭角で驚きました。 回転も鋭く止まるべきところではぴたりと止まる。 有り余る体力を全部ぶつけてくるような、迫力のソロでした。 キャシディさんも最近は踊りにキレがなくても存在感と演技が素晴らしいから…と思っていたのにキレッキレの踊りでした。 身体を絞ったのか、登場したときからなんか動きが軽く鋭くなったと思ってましたがそれは思い違いではなかったようで、大変キレがあって芯のすっきり通った気持ちいい踊りでした。 これで圧倒的な存在感と迫力のある演技があるんですもの、最高です。
 美奈さんのオディールはもちろん踊りも安定感がありました。 きつすぎず妖艶過ぎず強すぎず、でもオデットに似た誰かほかの存在。 グランフェッテも3回転を交えながらも安定した回転。 見ていて本当に気持ちよかったです。
 ただオデットを救いたくて、ただ彼女に誠実であろうとしただけで、別の誰かに誓いをたてたつもりなんてもちろんなかった。 だからジークフリートはまっすぐにオデットの元へと走っていく。 その前にオディールが投げ捨てた花を、ジークフリートが彼女へ送った花を一本拾ってそして元に戻したのが印象的。 うまく言葉で表せないのですが、なんか胸をかき乱されました。

 オデットはジークフリートを恨んだり怒ったりはしていない。 自分の運命を嘆いてはいたけど、ジークフリートについては、なにか諦めのほうが近いかもしれない。 白鳥たちの群の中からオデットが出てくるとき、ジークフリートがオデットを求める心にこたえたというより、どこかオデットがそれでもジークフリートに会いたいという思いがあったように見えました。 オデットにあったのは自分はもう救われることはないのだという諦め。 だから4幕の二人の語らいは許すというより、オデットが自分の運命を受け入れつつも、それでもジークフリートと共にいたいと寄り添ったように見えました。
 これは音楽のせいかそれとも出演者のせいかその両方か。 ジークフリートとロットバルトが対峙するシーン、宮尾さんと石橋さんの時は直接戦っているように思えたのですが、今日はそうは見えませんでした。 もっと抽象的な雰囲気で、ジークフリートが巨大な力、ロットバルトに翻弄されてるように見えました。
 おそらくロットバルトとの戦いで怪我をしたジークフリート。 オデットが身を投げた姿を見てそのあとを追います。 後追い自殺みたいなものなのですが、そんな風に見えなかった。 ただただオデットのためになにかをしてあげたくて、でも彼女が去ってしまったからそのあとを追いかけただけのよう。 まっすぐにオデットを追いかけるジークフリートの気持ちが絶望から来るものではなかったからか、不思議と生きることの力強さを感じるような、そんな不思議な感覚がありました。 飛び降りたというより飛び上がった、というような感覚でした。 また、その飛び上がる姿がとても美しかった。
 ロットバルトが打ち負かされたわけはなんというか、言葉にできないのですが、それは仕方ないと思えました。 それくらい、強い思いを感じました。 だからそのあと白鳥たちがロットバルトを封じる流れはとても自然で。 なんていう光に満ちた力強い物語だろうと感じながら見ていました。
 白鳥たちが羽ばたいていくときの音楽がいつもよりゆったりとしていました。 その曲がとても広がりがあり、幸福感が増していくように感じられました。 そして怪我をしたはずなのにそれが治っているジークフリートと人間に戻ったオデットは再会する。
 K版の結末は言ってしまえば「あの世で2人は幸せになりました」、です。 死んでしまった、結局ハッピーエンドではない。 けれどそれがなぜか生きることを讃え、愛を讃えているような、そんな不思議な幸福感がありました。 幸せな光と上へ上へあがっていく音楽に包まれる二人。 ようやく幸せになれたのだ、そう感じることのできるラストシーンでした。

 本当に感想としては「すごく良かった」以外なくて、久しぶりにまじめに感想を書いてみて相変わらずの記憶力のなさを嘆くばかりです。 良いものをみたという幸福感があり、そして物語としてもとても幸せな結末でした。 本当にいい公演でした。 それ以外言葉はありません。



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