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モーツァルト!ブダペスト版感想・劇場
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需要がどれだけあるか分からないけど、とりあえず供給が少ないのは確実なんで、オペレッタ劇場のこと。 場所は地下鉄M1のOperaもしくはOktogonから徒歩5分くらい。詳しくは「地球の歩き方」の「ブダペストとハンガリー」を参照してください、地図も写真もちゃんと載ってます。ちなみにOktogon駅のそばにあるスーパーは夜中までやってる模様(24時間やってる雰囲気だったけど、確証はなし)。終演後に「とりあえず飲み物〜」と駆け込みました(笑)。 劇場の大きさはウィーンのライムント劇場と同じくらいか少し小さいくらい。・・・・・・・分かりにくい例えですんません・・・・・。前日に行ったこともあって、「似てる」と感じました。もっと分かりやすくすると・・・日生劇場を四季劇場(秋)くらいまで小さくした感じ。日生はこの間行ったら1階席が見やすくなってたけど、こちらはすごく見難かった。みんな見やすいところを求めて頭が左右に揺れていた、この辺ライムントと同じ(笑)。日生劇場にはグランドサークルという部分がありますが、こちらの2階席も同じ。(2階席っていう呼び方じゃなかったかもしれませんが、とりあえず感覚として。)2階席よりちょっと低めで、席の数が少ないところが似てました。日生劇場で一番見やすいのがグランドサークルだということを考えると、こちらの2階席がすごく見やすいのは当然かも。ただ、2階席はほとんどがボックス席なので・・・ちょっと辛いかも。3階席もいいかなと思ったのですが、こちらには座ってないんでなんともいえません。2階席のボックスに座ったときは結構サイドでしたが見やすかったです。もう一度座るとしたら1階席よりも断然こっち♪ 3階の部分には飲み物も売ってますが、サンドイッチもいただけました。ただのロールパンだった気もするんですが、香ばしくっておいしかったです(その日一食目・ちなみにソワレだ(笑))。 全体的にすごくきれいな劇場でした。アンデアウィーンよりきれいだった、すごく広くて過ごしやすかった♪客層は「いかにもミュージカルが好き」という若い層と「オペラやオペラを良く見ます」という感じの人が入り混じってる感じ。後者がライムントよりも少し多かった気がしました。ちょっと不思議な客層だった気がする。 余談ですが、今回マチネ開演3時、ソワレ開演7時でした。ただしマチネ終演6時過ぎ!マチネ、ソワレはしごする方はご注意を。マチネとソワレの間に何にも出来ません・・・・。
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(2005/03/26(Sat) 17:19:53)
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モーツァルト!ブダペスト版感想・前書き
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というわけで、足掛け3年位(正確には一年ちょい(笑))憧れていたハンガリーミュージカルをようやく見ることができました。憧れのそもそもの原因はとにかくレベルの高いハンガリーのCD。エリザベートはとても好きだし、JCSは普通に面白い。J&Hはこの作品のCDの中では一番良いCDだと思ってる。オペラ座の怪人も、この作品の中では一番良く聞いている。個人的にとどめだったのはモーツァルト!のCD。あちこち「ちょっといまいち・・・」と思うところはあったけど(具体的にはアンサンブル(苦笑))、ヴォルフガングの伸びやかな声と新曲のかっこよさにすっかりノックアウト。通勤時間ずっと聞いている、昼休みも聞いてる、家に帰ってからも聞いているというヘビーローテーションで聞いていた時期が何度かありました。 もともとモーツァルト!はウィーン版のCDに聞き惚れてはまったことが始まりなんで、曲は好きで、でも東宝版は「このキャストで違う演出、もしくはこのキャストでコンサートかなんかがあったらぜひ行きたい」なんて言うほど演出が肌に合わなくって、絶対どこかで見たいと思ってました。 まあ、そんなわけでブダペストのモーツァルト!は無理をしても行きたいと思ってました。つーわけで、無理して行って来たわけですが(さすがに自分でも無茶だったと思う)。
とりあえず、この演出、私は好きです。全体の流れがどうの〜、なんてことは分かりませんでしたが、ところどころ「このシーンもう一度みたい!」と思えるところがありました。特にコロレドがらみのシーンは気に入ってます。場面転換の仕方とか、セットの使い方がすごく好み♪ 「人が出てきて、歌って、引っ込む」という常態になりやすい作品だと思うのですが、それをあまり感じなかった。結構舞台は飛び飛びだったと思うんだけど。暗転が少なかったせいかな?物語がぶつ切りになってる感じはしなかった。 帰ってきてから東宝版の感想、自分のも含めてあれこれ読んだんですが、見ているときに感じた「あ、これ東宝版と別の作品だ」と感じたことは間違いじゃなかった。J&Hをウィーンで見たときも同じことを感じたんですが・・・脚本は同じだけど、見ている方向が違うというか・・・。東宝版を見たとき「家族」というのをすごく感じたけど、今回は「才能」というのを強く感じた。勿論どちらの演出でもその両方の言葉を感じたけど、強いてひとつ言葉を上げるとしたらこうなるかなと。私の中で整理がついたというのもあったかもしれませんが、今までで一番アマデとヴォルフガングが同一人物の「才能」と「人間性」が分かれたように見えた。コロレドがヴォルフガングと同じように彼自身でなく彼の才能と向き合っていたということも感じられた。「アマデ」の存在を知ってるヴォルフガングと、それを知らないコロレド、でも二人とも「アマデ」と向かい合ってる。そう思えたので、ふたりが真正面からぶつかり合う新曲は大変面白かったです。レオポルトの影が少し薄いように感じられたのは、仕方ないかな〜。 ウィーン版のM!は写真とCDでしか知りませんが、なんとなく息の詰まるような重さがあると思ってます。ブダペスト版はそれよりもちょっと軽い感じ。歴史的な古さは感じられるけど、軽やかで牧歌的。部分部分、なんだかほっとできるところがありました。演出がどうのじゃなくって、空気かな〜。話はすごく重かったのですが、見終わって気分的に暗くなりすぎなかったのはそのせいだと思う。 「モーツァルト」という才能を与えられた人たちの物語。結局「彼」なんだったのか。そう思いながらラストシーンを眺めておりました。微妙に演出が前衛的なので好き嫌いは分かれるでしょうが、私は好きです。また無理やりでも機会を作って行きたいと、すでに思ってるくらいには(笑)。
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(2005/03/26(Sat) 03:09:43)
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ブダペスト モーツァルト! とりあえず。
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ブダペストのモーツァルト!の簡単な感想を。
印象的だったのはアマデ。 東宝版でもそうだったのかもしれませんが、とにかくアマデがずっと曲を書いていたのが印象的。 母親が死んでも、ヴォルフガングが父親ともめていても、シカネーダーたちが遊びに来ても、とりあえず曲を書く。 特に母親が死んだあとのシーンが印象的でした。 ヴォルフガングが苦しみぬいているのに黙々と曲を書き続け、書きあがった楽譜を差し出す。 そのあとヴォルフは楽譜を丸めて捨てるのですが、それは「どんな気持ちでも内側から音楽が湧き出てしまう」という「モーツァルト」という人物の、自身に対するある種の嫌悪感だったのかとも思います。 ヴォルフガングは「好き」「嫌い」がはっきりしすぎるほどはっきりしていて、1秒考えることが出来ないというような青年でした。 本当にレオポルトのことが好きなのがよく分かって、だからこそ分かってもらえないのが辛かったけど、彼自身があまりにも放蕩過ぎて、もうどうしようもない域に達してるのも分かった。 「いいから話を聞け!」と何度思ったことか・・・。 でも、嫌いになることは出来ない、そんなヴォルフガングでした。 昼夜で違うヴォルフだったのですが、マチネは「やんちゃ坊主」ソワレは「悪ガキ」という感じがしました。 マチネは「変わることが出来ず、ありのままに生きることしかできなかった」ヴォルフで、ソワレは「理解して欲しいと叫んでいたけれど誰にも理解されることのなかった」ヴォルフでした。 マチネヴォルフが「理解して欲しい」と思っていなかったわけでもなくソワレヴォルフが「変われた」わけでもないのですが、なんとなく上記のような違いを感じました。
好きなところ、納得行かないところ、大声で突っ込みいれたいところと有るので詳しい話は絶対に書きたいのですが、いつになることか・・・・。
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(2005/03/17(Thu) 01:37:04)
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