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Kバレエ 白鳥の湖(2015/11/03)
オデット/オディール:白石あゆ美
ジークフリード:宮尾俊太郎
ロットバルト:杉野慧
オーチャードホール
★★★★★
4幕の最後の音が消えて、音の余韻も消えて、会場は拍手に切り替わってるのにどうしてもその音が消える余韻を味わって、心を落ち着ける時間が欲しかった。それからようやく拍手をする。そんな気分になる公演でした。楽しかったです。
白石さんと宮尾さんの公演はくるみ割り人形、海賊に続いて3度目。不思議と雰囲気の合う二人だと思っています。一人で踊るときでなく、二人で踊るときに一番輝く。その片鱗は先日の「カルメン」でも感じていたので、とても楽しみにしていた公演でした。予想通り、予想以上のものを見せてくれました。
まず驚いたのが宮尾さんの王子ぶり。前回の白鳥の湖は見に行けなかった(これは純粋に国外遠征の予定が先に入っていたため)こともあり、本当に久しぶり。若干ソロで落としたところがあると思うのですが、そんなことが気にならない「王子」としてのたたずまい。表情とか所作とかそういうところでなく、舞台の中心でにこやかに立ってる姿がそもそも「王子」。白いタイツのに合うすらりとした長い足も美しく、細かい失敗なんて目に入らないほど。本当に不思議なことなんですが、彼が舞台の中心にいるということにものすごい安心感がありました。宮尾さんの王子は長いことあれこれ文句をいいながら見ていますが、花開いたなあと思いながら見ておりました、ソロはやっぱり若干怪しいけど(しつこい)。
対する白石さん、オデットは今回が初。オディールは確か前回の2013年に演じていたと思います。登場したときはなんとなくオデットっぽくないというか、ああ、オディールはやったことあるだろうなという感じ。雰囲気が艶っぽいこともありますが、腕の動きがオデットとしてはちょっと物足りないところがありました。
この二人のおもしろいところは、二人で踊ると一気に魅力が増すこと。ジークフリートがオデットに一目惚れして、物語は始まる。逃れるようなオデットに必死でジークフリートが追いすがることで物語は進む。そして二人の目が合ったとき、オデットの心も変わる。オデットになにかをしてあげたいというジークフリートの思いは彼女を救いたいという思いになり、心を閉ざしていたオデットも彼なら心を許しても大丈夫かもしれないと思う。
白石さんのソロはやはりまだ物足りないところがありました。踊りも小さいし、安定感にも欠けている。それが、物語が進んで行くに従ってどんどんよくなる。まるでジークフリートがオデットをオデットにしているみたいに物語が進むほどにオデットが白く美しくなっていく。アダージョの部分の終わり…でいいのかな、最後のゆったりとしたピルエットの連続が美しいこと美しいこと。二人の心の震えが伝わるみたいに、音楽と細やかな動きが胸の底にしみこんでくる。自然に涙がこぼれるような、不思議な透明感のある美しさでした。
杉野さんのロットバルトも堅調。この人鳥類飼ってたっけと思うほど、見事な鳥ぶりでした。
という感じで大変おもしろく終わった1幕と2幕。きっとおもしろいと思っていた3幕は予想外に、とんでもなく爆発力のあるおもしろさでした。明らかに見ていて体温が上がる公演ってあると思うのですが、まさにそれでした。
素晴らしかったのがなんといっても白石さんのオディール!まさに水を得た魚、妖艶に、愛らしく、生き生きと、軽やかに飛び回る。登場した瞬間から、その美しさと勢いですべてを飲み込んでいく。そして宮尾さんのジークフリートは「僕に会いに来てくれたんだね、うれしいよ!」と全身で喜びを表現しておりました。オデットの面影を持つ女性、もう細かいところなんてどうでもよくって、彼女が妖艶に笑っても今の彼は喜びすぎて、些末なことはどうでもよくなる盲目状態。喜びの勢いに押され、去っていくオディールを追います。その後に残ったスペイン軍団と、その中央でまるで彼らを操るようにたたずむロットバルト。勝利を確信するようなその姿は、彼がすべての黒幕だと語っているように思えました。
そんな感じでとにかく三人のバランスが素晴らしかった!オディールの勢いのある美しさとなんかもう細かいところどうでもよくなってる幸せ一色のジークフリート、それに存在感はあるけれど出すぎることのないロットバルト。白石さんの踊りは、バランスもグランフェッテもそれだけで威圧できるような圧倒的なものではなかったと思います、バランス長かったけどぐらついていたし。でもそれまでのシーンがとにかく面白かったので、さらに見事なものを見せてもらえたと思えて、見ている側としても大変テンションが上がりました。オディールはまるでロットバルトがジークフリートを惑わすために作った幻のよう。オデットに姿かたちは似ているのに、雰囲気はロットバルトに近いように思えました。杉野ロットバルトはそんなに大柄ではないもののマントのひるがえし方の素晴らしさもあり、場を支配するに十分な存在感がありました。
とても真っ直ぐなジークフリートで、ロットバルト、そしてオディールの策略にはまってしまったのも納得。なぜジークフリートはオデットとオディールを見誤ったかという疑問が浮かばないほど、最初からその場の支配者はオディールとロットバルトでしたし、ジークフリートは幸福に目がくらんでいた、だから迷いもせず真っ直ぐに誓うのもわかる。そしてそれがすべてをひっくり返し、彼を不幸のどん底に叩き落とす。この時のロットバルトの勢いも大変見事で、その流れに飲まれるように、ただひたすらオデットの元へ行かなければと駆け出すジークフリートに心打たれました。
4幕は3幕の流れもあって、白石さんが大変好調。面白いのがオディールを経たことによってさらに彼女がオデットらしく見えたことです。ちゃんと白が似合う、儚い雰囲気でした。もうちょっと存在感があるといいなあと思っていたのですが、ジークフリートが出てくるとちゃんと「主演」としての輝きを感じられたのがこの二人らしいと思います。
「呪い」というものがオデットを縛り付けているように思いました。実際にそれがどのようなものでどれくらいの強さを持っているかは分かりませんが、それに勝つ手段を失ったことを、オデットは嘆いているように思いました。ジークフリートの謝罪を受けても、オデットは彼を許したように思えませんでした。寄り添ってはいたけれど、彼の言葉を聞いてはいたけれど、ずっとそばにいたいと思っていたけれど、彼の行いによってそれがかなわなくなったことが頭から振り払えていないように思えました。怒っているというわけではもちろんないけれど、もう自分たちは引き離されてしまうのだと分かったうえで、それでもそばにいたくてジークフリートに寄り添っているような、悲しげな姿でした。そしてロットバルトが襲い掛かる。彼から感じたのはオデットへの執着、そしてジークフリートへの憎しみ…とは違うけれど、彼を滅ぼそうとする力。ジークフリートでは彼に勝つことはできない、そう感じる迫力がありました。なぜオデットは身を投げたのか。ロットバルトに、彼の「呪い」に勝つことができない無力な自分にできることはただ一つ、ジークフリートとロットバルトを結ぶ接点である自分を消すこと。そう思ったように思えました。ある意味直前のシーンですべてを分かり合えてなかったからこそ、オデットは自分が彼に対してなにができるかを考え、一人で決心して身を投げたと思えました。そして真っ直ぐなジークフリートがそのあとを追ったのは納得、だってそういうことに迷いそうなタイプではないですもの。「二人の愛の力で」ロットバルトは弱ったかもしれない。でも白鳥の群れの中であがくロットバルトの姿が見えたので、白鳥たちがロットバルトに勝利したのは最終的には彼女たちの意地のようにも思えました。
そして光の中で再会する二人。オデットを見つけた時、ジークフリートがまた全身で喜びを表現するんです。ああ、大丈夫だ、この二人は幸せになれる、そう思うラストでした。悪魔の「呪い」もない、すべてのしがらみも過去もない世界で光に包まれる。なにもかも消えた、ただお互いがそこにいるという幸せの中にいることがふさわしい二人だと思いました。
この公演がどういう物語だったのか…とまとめると、「オデットとジークフリートの物語」、それ以外にありません。二人が出会って、光に包まれるまでの物語。なんのわだかまりもなくジークフリートに寄り添うオデットと、光を受けながらさらに天を仰ぎ見るジークフリートを見ながら、ここに来るための物語だと、しみじみ思っていました。ずっとずっとその世界に浸っていたくって、なかなか拍手をすることができませんでした。
大変素晴らしい公演でした。白石さんと宮尾さんは本当に面白いペアで、お互いに高めあって作品を作ってくるように思います。宮尾さんは個性としてとても優しく暖かく、けれどすごく人に流されやすい性格をしていると思います。さらに踊りまで相手に引っ張られると全体的に引っ張られるだけになるのですが、白石さんとだとサポートでリードしつつ、踊りは白石さん自身が安定しており、演技的には彼女は相手を引っ張るだけの力を持ってる…という感じで、すごく合っているんだと思います。長年宮尾さんを見続けていますが、彼がこうしてパートナーをさらに上へ引き上げることができるようになったと思うと大変感慨深いです。相変わらず踊りはうまくなりつつも相変わらずですし(しつこい)、白石さんもオディールはともかくオデットはまだもう一頑張りしてほしいところはあります。でも、こういう「見たことのない別世界に連れて行ってくれる」という公演ってなかなかないもので、細かいあれこれがありつつも本当に面白い公演でしたし、この公演自体満足しつつ、また見てみたいと思う組み合わせでした。
ちょっとだけカーテンコールのことを。いい公演だと思ったのは私だけではないようで、1階席通路前席の真ん中あたりにいた私の視界の限りではほぼスタンディングしていました。何度目か幕が開いたとき、熊川さんが出てきました。普段はここで立つ方も多いのですが、もうほとんどの方が立っていたので客席の雰囲気もあまり変わりませんでした。「白鳥の湖」の主演という大役を終えた若いプリンシパルの労をねぎらう芸術監督…という姿が大変美しく、また、涙をこぼしているように見えた白石さんの姿も美しく、本当に最後の最後まで幸せな公演でした。
とにかく物語全体の流れが大変楽しかったので一息にメインストーリーを追いましたが、見ている間はいつも通りあっちこっち見て楽しんでいました。
ベンノの益子さんは井澤さんとの品のいい弟分とは全く異なるやんちゃな弟分。井澤さんがどちらかというと王子を憧れの目で見ていたのに対し、益子さんは王子の弟分であることがうれしくって仕方ないと言ったらいいのかなあ。ちょっと幼くはしゃいだ感じがするところが彼の個性にピタリと合っていて、大変かわいらしかったです。ムードメーカーという雰囲気ですし、物腰柔らかな宮尾王子との相性も大変良かった。踊り方もずいぶん丁寧になったと思います。井澤さんのようにさすが見事という感じではないですが、一瞬目を奪われる勢いを持ってる。
パドトロワはどうしてもファーストキャストより一回り小さな踊りになりますし、なにより春奈さんがいきなりお怪我で降板のため、見る側の気持ちとしても大変さみしいものになっていました。石橋さんは相変わらず年齢不詳で、宮尾王子とそんなに年が変わらないように見えます。踊りについては特に書くべきことはなく、相変わらず丁寧でサポートもそつなくこなしてるけど、池本さんと比べちゃうとやっぱりさみしいものがあるよねと(当たり前)。しかし、マネージュで明らかに体力がつきかけていたのに何事もなかったように最後をまとめるあたり、彼も宮尾さんのように動じないなあと思ったのでした。浅野さんはやはり美しいけどもうちょっとインパクトが欲しい。大井田さんは軽やかでかわいらしかったです。
王子の友人たちは福田さん、篠宮さん、堀内さん、栗山さん、山本さん。福田さんがちょっと個性のある役で、彼の持つ穏やかな物腰もあり、ジークフリートの気の置けない友人という雰囲気でした。
二羽の白鳥の蘭さんと美奈さんはもうちょっとアームスの優雅さが欲しいと思うのですが、さすが大柄な二人、見ごたえがありました。
各国の踊りはなんというか蛇足というかなんというか、ただ賑やかしだとは思ってしまうのですが、なんだかんだ言いつつ楽しんでおります。
ナポリは念願かなって兼城さん!細かな動きは相変わらずお手の物。あわただしい音楽と動きだと思うのですが、彼だとゆとりが見えるのが不思議です。リズムの取り方が大変好みなのか、タンバリンの音さえ心地よく聞いていました。あの笑顔と衣装がまた似合うのですよね。
チャルダッシュ、中心で踊っていた岩淵さんと福田さんの雰囲気が合っていて、なんかしゃれた感じで明るく、大変魅力的でした。特に岩淵さんのどこかしっとりしてるけど朗らかという雰囲気が気に入りました。
石橋さんのスペインが大変好きなのですが、見る暇がなくて大変残念でした…。
上の方で書き忘れてますが、杉野さんのロットバルトはさすがのはまり役。彼はキャシディさんにも物怖じしないので、宮尾王子に牙をむくあたりの迫力はさすがの一言でした。
とにもかくにも、幸せな公演でした。ちなみに、見終わった当日はあれこれ不満もあったのですが、翌日になったら悪いことすっかり忘れて、ただ美しかった、良かったという余韻だけが残っていました。頭の中で音楽がこだまして、意味なく涙がこぼれそうになるというレベルですので、お星さま半分上げてます。素晴らしかったです。
[3046] ゆず (2015/11/04(Wed) 22:50:51)
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