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Kバレエ ラ・バヤデール(2014/03/21 ソワレ)
ニキヤ:日向智子
ソロル:池本祥真
ガムザッティ:浅野真由香
★★★★★
オーチャードホール
※熊川版のラストシーンネタバレがありますのでご注意ください。
なんというか…予想外のバランスでした。予想以上に生々しく、驚かされました。こういう発見があるから深みにはまるのです…。
まず感じたのは相変わらずの池本さんの技術の高さ。ポジションがいちいち綺麗ですし、ジャンプも高くて安定してる。ジュッテでの美しい後ろ足は何度見てもうっとりです。ソロで客席をわかせることができるのは哲也と彼くらいではないでしょうか。また、女性並みかそれ以上の柔軟性があるためか、1幕3場のガムザッティとのパドドゥが綺麗にはまる。サポートも丁寧で、ダンサーとしてとても安定してると感じました。
池本さんがその安定した技術で客席をあたためてくれたためか、特別技術の高くない日向さんも引っ張られるかのように踊りやすそうに見えました。ちょっとアームスが硬いかなあと最初は思いましたが、途中から気にならなくなりました。技術的には安定感はありつつも驚くようなところはなく、踊りをリードしていたのは池本さんだったと思います。でもこの舞台を支配していたのは彼女でした。
日向さんのニキヤは予想以上に生々しい女性でした。巫女でありながらも俗世に未練を残している感じ。神戸さんが巫女として幼い時から育てられたように思えたのに対し、日向さんはある程度成長してから寺院に売られた感じ。外の世界に憧れつつ、寺院の中でしか生きられないような物悲しさを感じました。ソロルのことを愛していたとは思うけど、それ以上に戦士という血なまぐさい、いわば俗っぽい男とまるで普通の女性のように恋ができることを喜んでいるようでした。狭い世界に閉じ込められている彼女にとって、ソロルは外の世界との唯一の接点のようにも思えました。
一方のソロルはどこまでも好青年。出てきた瞬間から、バレエの主演を一通りこなせるのではないかと思うスマートさでした。彼の好青年ぶりが発揮されるのはガムザッティに出会ってから。そこにあったのは名誉欲などではなく一人の青年の純粋な一目惚れ。象に乗ってるシーンでも腹立たしさはなく、密やかな愛をはぐくむのもすばらしいかもしれないけど、突然白馬に乗った王子様が現れたらそりゃころっと落ちてしまうのも仕方ない…とごくごく自然に姫に例えてしまうほどの穏やかさでした。
ガムザッティは気位が高く、甘やかされて育った故に底意地の悪さを最初から感じる女性でした。美しいけれど、どこかとげのようなものを感じる。世界が自分の味方だと信じて疑ってない女性。ソロルと出会って少し恥じらったりするけど、純粋さははにかみ笑いがかわいらしいソロルの方が上という奇妙なバランスでした。
ガムザッティはニキヤが望むものすべてを持っているように感じました。みすぼらしい格好をしているけどニキヤもかつてはガムザッティのようにきらびやかな装束をまとっていたのではないかと思うほど。ガムザッティがニキヤに与えようとした腕輪や首飾りはニキヤがかつて持っていたものであり、彼女が確かに今も求めているものであり、そしてだからこそ、惜しげもなく与えようとする、その身分の差を誇示してみせるガムザッティの態度がニキヤのプライドを傷つけているように思えました。ソロルからの愛のほかに誇るものをなにも持っていないニキヤが、それすら偽りであるとガムザッティに言われたとき、よくしばらく持ちこたえたと思うほど、ニキヤの中にある感情は強いと思いました。ナイフでガムザッティを傷つけようとするのも当然。そしてまた、そのニキヤの芯の強さが、世界は自分のものであると疑ってないガムザッティのプライドを傷つけ、殺意すら抱くという流れがとても自然でした。
ソロルの前で踊るニキヤは悲しみよりも「あなたも私を裏切るのね」という訴えをしているように思えました。まるでソロル以外も彼女を裏切ったかのように、ままならぬ人生にいらだちを感じているようにも見えました。花かごに蛇を仕込んだことを、おそらくガムザッティは父親から聞かされたのでしょう。人を殺すことに覚悟を決めたガムザッティは一際美しく、けれどどこか残忍に笑うようになった気がしました。ソロルが若干の罪悪感にさいなまれつつも渡した花かごを、ニキヤはどこか誇らしく受け取り、踊っていました。まるでその花がソロルの愛の証であり、まだ愛は死んでいないと思ったかのように。だからこそ花かごに蛇が仕込まれていたことの悲劇性が高まる。それはニキヤに対するソロルの決定的な裏切りではありましたが、ソロル自身の心はすでにガムザッティのもののように思えました。だからソロルはガムザッティと去り、ニキヤは死んでいく。まるで「こんな人生もううんざり」と嘆くかのように、自分から命を手放すように。
ニキヤ亡き後も、ソロルの後悔はそこまで深くないように思いました。後悔というよりも「間違ったことをしたのだろうか」と自分のしたことを疑問に思っているかのように。だから阿片をすうのも、「この気持ちが少しでも楽になるのなら」という感じで、どこか好奇心もあるように思えました。遅沢、伊坂が、ニキヤを失い、その苦しみで生きていくことができず、阿片に救いを求め、そこに酩酊を、もしくは破滅を求めたのに比べると雰囲気が軽かった。だから夢の中でニキヤが現れたとき、それはソロルが求めたものでなく、ニキヤが望んだものに思えました。ニキヤを失った苦しみ故に阿片に逃げ、幻の中でニキヤを追ったのでなく、一時の気紛らわしのために阿片に触れ、夢うつつの中にいるソロルの魂をニキヤが捕らえたかのように。だから影の王国でもソロルはニキヤを探しているのではなく、幻の世界でさまよっているうちにニキヤに再会したように思えました。そして幻影の世界で、ソロルはニキヤへの愛情を思い出していく。踊りについては最初にも述べたように池本さんが引っ張っていましたが、ストーリーはニキヤが中心に思えました。浅川、神戸よりもずっとニキヤの執念を感じました。だから最後にソロルがニキヤを追っていったとき、それはソロルの意志から生じたものでなく、ニキヤがソロルを黄泉の世界へ連れ去ったように思えました。
可憐な外見なのに執念を感じるニキヤでしたので、ガムザッティがソロルに触れたとき、蛇の姿となってニキヤがガムザッティに襲いかかったのは納得がいきました。それは神の意志や偶然ではなく、ニキヤの執念だと感じました。ラジャが蛇に触れようとしたとき寺院が崩壊したことさえ、自分を陥れた男へのニキヤの怒りのように思えました。だからこそ、逃げまどう人々がどうなったかわからない中で、ラジャだけははっきり死んだことがわかるという流れが、とても腑に落ちました。池本ソロルはニキヤを失ったことを心の傷として残しつつも、ガムザッティと幸せになっても不思議はないと思えました。そしてそれが腹立たしくないほど、穏やかで朗らかな人柄でした。ニキヤは彼女自身の事情があり、寺院の外にあこがれつつもそこから逃れられないように思えました。きっとソロルと結ばれることはなかったでしょう。それは一人の女の執念。陥れられた女は、愛する人の魂を得て、自分を陥れた人々を滅ぼした…そう感じながら、崩壊する寺院を眺めていました。
しかし物語は続いていきます。人間の愚かさを吹き飛ばすような艶やかなブロンズ・アイドルの踊り。どこかのんきなその音楽が、人間の醜さを洗い去るような穏やかさを与えてくれました。人間の醜さを吹き飛ばし、残るのは人間の美しい感情だけ…。
最後に勝ったのは「愛」だと思いました。ソロルはガムザッティを忘れ、ニキヤの元に行きました。現世ではきっと幸せになれなかったであろうニキヤは、死んで、けれどソロルを手に入れた。ラストシーンはソロルがニキヤを手に入れたのでなく、ニキヤがソロルを手に入れたように思えました。この物語の勝者は、間違いなくニキヤであり、彼女の執念でした。けれどブロンズアイドルがその執念を払い去り、ただ純粋な愛だけが残る、そんな物語でした。
浅川&遅沢も神戸&伊坂もソロルの物語でした。けれど日向&池本は踊りでは池本さんが引っ張っていたにも関わらず、ニキヤの物語でした。ラ・バヤデールという物語はとにかくソロルが男のくずで、とにかくこのバカを一発殴らせろと思うのですが、観劇後、全くそれを感じませんでした。それは池本さんのソロルが計算高さを感じない、温かで穏やかな人柄だったということも要因の一つだと思います。しかしそれ以上に、ニキヤがソロルを求め、ニキヤなしで幸せになろうとしたソロルの運命を無理矢理ニキヤがねじ曲げて彼を得た物語だと思えたので、ニキヤの執念に感嘆することはあれ、ソロルの意志薄弱さをののしる気にはなれませんでした。また、これだけ「女の執念」という言葉を繰り返していますが、日向さんはニキヤとしても線が細く、雰囲気も穏やかで温かい。だからニキヤから女の醜さというのは感じなかったのが不思議でした。とても不思議なバランスで成り立っている物語でした。大変面白かったです。
話の流れで書けませんでしたが、池本さんが不思議なくらい純情一直線に感じたように、キャシディさんの大僧正も純情だと感じました。外見からしてはっきりとある程度年齢を重ねていると分かるのに、ニキヤに対する思いは中年の執着心でも肉体的なものでもなく、まるで少年の初恋のような純情さでした。大僧正自身そんな思いを抱いたことがないことを示すように、自分の気持ちをどう表現したらいいのかわかっていないように見えました。そんないじらしいような戸惑いが、あの重厚な大僧正の内面に宿っているという言葉にすると不自然なバランスが、なんの問題もなく成立しているのがキャシディさんのバランス感覚のすごさだと感じました。ラジャにソロルのことを密告するのもその不器用さから来たものに感じられ、ソロルとガムザッティがくっつけばそれはそれでいいんじゃないかという突っ込みどころも感じませんでした。
苦行層は酒匂さん。兼城さんにくらべて生身の人間らしさを感じました。兼城さんのほうが踊りは好みなのですが、彼のどこか人間離れした軽やかさよりも、もう少し生々しさを感じる酒匂さんのほうがこの物語には合っていた気がします。のびのび踊っていて、なによりでした。
井澤さんのブロンズアイドルはのびのびと踊っていました。踊りの面としてはもうひとこらえというところがあったのですが、彼の持ち味かそれとも話の展開からか、どこかのんきな雰囲気の曲を含め、一陣の風が吹き抜けたかのように穏やかな気持ちになれました。ラストでたたずむ姿も、穏やかな神々しさがあって好きです。
1幕2場で出てくるソロルの肖像画ですが、絶妙に熊川さんや遅沢さん、宮尾さんや伊坂さんに似ているようなでも似ていないようなという雰囲気で、よくできてると思いましたが、残念ながら池本さんだけはその流れから外れるかなあと思ってしまいました(苦笑)。
相変わらず太鼓の踊りが楽しいです。パ・ダクシオンの女性はピンクよりも青のほうがお気に入り。2幕のヴァリエーションは若手が二人おりましたが、どちらも技術的には不安を感じつつも好きな踊りでした。
ところでニコライさんのソロルの友人という立ち位置が微妙に分かりません。ストーリーを運ぶための潤滑油のような存在でいなくてはならないのはわかるのですが、ソロルの友人というよりラジャの友人の子供…くらいの距離感を感じています。
まだ引き続き手元にチケットが残っております。別のキャストもまた、楽しみです。
[2368] ゆず (2014/03/22(Sat) 01:56:07)
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